"SNSでキラキラ発信"授業はおざなり教員、わが子の利益最優先の保護者…学校に出没する「困った人」を妖怪に例える深い訳

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「『校長は(自分の一存で)何でもできる』というのは大きな誤解です。実際は教育委員会、現場、保護者や地域との調整に追われ、自分の意思だけで動かせることは多くありません。

それでも社会からは“100点満点”を求められる。しかも近年は人手不足で、自ら現場対応に入らざるを得ない。学校経営をじっくり考える余裕はほとんどありません。

育休や時短勤務など教職員の権利保障は当然重要です。しかし、担任制のままでは人員配置がパズルのように立ち行かなくなる。権利を守れば学校運営は逼迫し、学校運営を維持しようとすると、働き方への配慮との調整が難しくなる場面もある。

校長が“妖怪化”するのは、個人の資質というより、仕組みそのものが限界に近づいているからだと感じています」

パワハラ系のほうが短期的には数字や成果が出る?

もっとも、この問題は一筋縄ではいかない。立田氏は、パワハラ系の校長が必ずしも“評価を落とす存在”とは限らない現実にも触れる。

「著書にも『外面(そとづら)』という妖怪が出てきますが、学校の中では強権的でも、教育委員会に対しては非常に“外面がいい”というケースがあります。加えて、パワハラ系の校長のほうが、短期的には数字や成果が出ることもあります。だからこそ問題は根深いのです」

成果が可視化されやすい評価制度のもとでは、過程や職場の空気よりも“結果”が優先される。その構造が、高圧的なリーダーシップを温存してしまう土壌にもなりうる。

では、校長が“妖怪化”しないために、何ができるのか。立田氏がまず挙げるのは、「少しの時間でも現場に立つ」ことだ。

「例えば給食の時間、給食室の前に立つだけでいいんです」

校長室にこもらず、日常の風景の中に身を置く。給食の時間に給食室の入り口に立てば、子どもや担任の様子が自然と見えてくる。

すれ違いざまの短い声かけが、信頼の積み重ねになる。また、年に数回の評価面談も“査定”だけではなく対話の機会と捉えることで、相互理解につながるという。

次に、「100点主義」を手放すことだ。「校長が完璧である必要はありません。むしろ、『完璧でなくていい』と示すことが、組織を守ることにつながると思います」。

さらに重要なのが、「ゆとり(余白)を生み出すための工夫」だという。「ゆとりを生み出すには働き方改革が欠かせません。ただ、単純に減らせばいいという話ではない。学校は『やったほうがいい』という思いで仕事が積み上がってきました。だからこそ、一度立ち止まり、溜まったものを整理する必要があります。

「そのために大事なのが、中期的な視点です。3年後、5年後を見据えて何を残し、何をやめるのかを判断する。全体像をつかみ、ゆとりと構想を持つことが、校長が“妖怪化”しないために欠かせない視点ではないでしょうか」

次ページ若手教員の“強さ”と“脆さ”の正体
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事