「倒れるまでラーメン作りを続けたい」 盛岡が誇る老舗ラーメン店の創業者が84歳で逝去。「生涯現役」を貫いたレジェンドが、次世代に残した"教え"
コロナ禍では大打撃を受けた。本店の売り上げは大きく落ち込み、閉店の決断も迫られた。しかしそのとき、和一さんは「商売人として最後の舞台を用意してくれ」と言ったという。昼のみ営業の本店と夜のみ営業の店舗を統合し、映画館通りの路面に総本店を作り、移転。借金をしてでも再起を図る決断だった。
「とにかく私は人が恋しい。人が喜ぶことを続けたい。倒れるまでラーメン作りを続けたい」
その言葉通り、彼は倒れるまで厨房に立ち続けた。2025年11月には創業50周年を迎え、盛大な創業祭も開かれた。半世紀にわたり、挑戦を続けてきた証しだった。
和彦さんは語る。
「スタンディングオベーションを送りたい。死ぬまで現役でやると言ってきたのを全うした。まさに有言実行。これからは親父の『柳家』のマインドをつなぎ、モットーだった『元気』を守っていきたい」
老舗店主が次世代に残した"教え"
トレンドを追わず、自らの道を貫く。10人に1人の心を震わせる一杯を作る。その哲学は、競争が激しい現代のラーメン業界においても示唆に富む。
鍋を振るう姿はもう見られない。しかし、盛岡の街で、「柳家」の暖簾の下で、想いを込めた一杯は「一生一品」の志とともに、これからも丼の中で湯気を立て続ける。
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