「じゃない方芸人」「春日の隣の人」だったオードリー若林が、休養しなければならないほど"代替不可能"な人気芸人に登りつめた理由

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では、なぜ若林はここまで“お茶の間の人気者”になったのか。

彼は長らく「春日の隣の人」だった。普通なら「主役に勝てない」「個性が弱い」「比較される」という不利な立場だ。しかし若林は、この位置から「観察者ポジション」を獲得したのではないか。

つまり、主役でなかったからこそ、空気を読む、他人の発言を翻訳する、ツッコミで構造を整理する、という役割に特化していったのである。これはオードリーのネタを作っていたことからもわかるように、元々の構造設計力が生きた形とも言える。

オードリー
長らく「春日の隣の人」だったが、徐々に「観察者ポジション」を獲得した(画像:若林のInstagram @masayasuwakabayashiより)

それに加えて、ラジオで作った「本音ブランド」が起爆剤となった。若林は劣等感、自意識、不安、人間関係の違和感といった感情を隠さず話し続けた。

その結果、「作っていない人」という信頼を得たのだ。今や視聴者は、演じているキャラを簡単に見抜く。だからこそ、“キャラ”ではなく“人間”として支持されたのではないだろうか。

SNSでは「腹黒そう」「目が笑っていない」といったいじりもあったが、若林はそれさえも自虐ネタに変えた。ネガティブを他人ではなく自分に向けることで、攻撃性を共感に変換したのだ。ここに、現代的な人気の理由がある。

「正しさで制圧」せず「対話が回る状態を設計する」

この構造は、実は職場にも当てはまる。

かつて理想のビジネスマン像として語られたのが『課長島耕作』だった。1983年に連載が始まり、高度成長期の余熱が残る中で、島は派閥や社内政治を渡り歩きながら出世していく。“会社員の成功モデル”として広く読まれた。

島耕作は、強引にねじ伏せるタイプではないが、判断が速く、決断力があり、結果として周囲を動かしていく存在だった。

しかし令和の職場では、同じ振る舞いがそのまま最適解にはなりにくい。価値観の多様化とハラスメント規範の強化により、「強い言葉で引っ張る」リーダーシップは、成果と同時に摩擦・離職・炎上リスクも生みやすい。

そこで近年、経営や人事の文脈で繰り返し強調されているのが「心理的安全性」である。

Googleが運営する、組織の​働き方の​先進事例、​研究、​アイデアを​集めた​ウェブサイト「re:Work」では、高い心理的安全性のあるチームほど対人リスクを取った発言がしやすいとされ、アメリカの世論調査会社Gallupの調査でも、マネジャーの関わり方がエンゲージメントに大きく影響すると報告されている。

つまり、いま求められている中間管理職は、「強く引っ張る人」ではなく、強さを安全に運用しながら、摩擦を減らし、チーム全体が動ける状態を作れる人なのだ。

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