行列のラーメン屋《ベトナム人店主》の意外な経歴 「業界の大物と兄弟同然の関係」「仕事前にうどん屋で修業」…来日13年、ハさんの"ラーメン道"
本田さんがどれだけハさんを信頼していたのか、わかるエピソードがある。それは、18年から5年間、毎週水曜日の限定ラーメンになにを出すのか、すべてハさんが任されていたことだ。
ハさんは期待に応えるべく、毎回、違うラーメンを出し続けた。毎月4回、水曜日が訪れるとして、単純計算で年間48回。それを5年間ということは、240種類のラーメンを考案したことになる。とてつもない数だ。
「休みの日にほかのラーメンを食べながら、考えていました。地方で食べた味にもっと旨味を加えてみようとか、普段あんまり使えないお肉を使ってみようとか。新しいことを考えるのが好きなんです。勉強になるじゃない」
本田さんとともにラーメン店主が集まる忘年会などに参加していたこともあり、料理長になった頃にはラーメン業界で名を知られる存在になっていた。
ハさんがプライベートでラーメンを食べに行くと、そこの店主が挨拶に来ることもあった。給料もどんどん上がり、「3人分ぐらいもらっていました」。
独立の意思を伝えた…本田さんの“意外な反応”
「麺処ほん田」本店は20年4月、秋葉原に移転。本田さんとともに、ハさんも秋葉原で働き始めた。師匠の右腕としてラーメンを作ることになんの不満もなかったが、翌年、本田さんに独立の意志を伝えた。
「本田さんのところで修業した仲間、『麺屋 さくら井』の櫻井(祐太)さんとか、うまくいってる人がたくさんいます。私も本田さんがいなくてもラーメンができるんじゃないか、自分でもラーメン屋をやってみたいと思いました」
本田さんからは、「外国人でお店をやるのは大変だよ」と言われた。日本人ならラーメン店は個人事業主で開業できるが、外国人の場合、法人を設立しなければならない。複雑な書類の記入が必要な手続きもあり、外国人にはハードルが高いのは事実だ。それでも、ハさんの気持ちは揺るがなかった。
「自分でやるなら、勉強するとか頑張るしかないじゃない」




















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