行列のラーメン屋《ベトナム人店主》の意外な経歴 「業界の大物と兄弟同然の関係」「仕事前にうどん屋で修業」…来日13年、ハさんの"ラーメン道"
普段はよく喋り、よく笑うハさんだが、「仕事は子どもの遊びじゃない」から、厨房では決して手を抜かない。
急な事情で人手が足りないという時にも、「いいよ、いいよ、大丈夫! 私がふたり分働くよ」とフル回転。次第に、本田さんやほかのスタッフから頼られる存在になっていった。
ハさんによると、本田さんはもともと仕込みをひとりで担っていた。しかし、専門学校2年生になり、「アルバイトなのに、社員みたいな感じ」になると、本田さんから仕込みを教わり、麺上げ(ザルでラーメンの湯を切る動作)を任されるようになった。
これらはラーメン店で特に重要な仕事で、働き始めて2年弱のアルバイトが簡単にできるような仕事ではない。それだけ、重宝されていたのだ。
15年に専門学校を卒業したハさんは、当然のように「麺処ほん田」の社員になった。
業務時間外は「手打ちうどんの店」で研鑽を積む
学校に通う必要がなくなり、その分、厨房にいる時間が延びると、ハさんは本田さんの横であらゆる作業を吸収し、不可欠の戦力になっていった。
「麺処ほん田」本店では、毎週水曜日に限定ラーメンを提供していた。社員になって2年目の16年には、本田さんからの指名でハさんが考案した「まぜそば」を出している。
いかにおいしいラーメンを作るのか。研究熱心なハさんはある時、「手打ち麵についてもっと知りたい」と、十条の人気店「讃岐うどん いわい」に自ら「勉強させてください」とお願いした。朝の6時から始まる麺の手打ちに合わせて、2カ月間、休日や仕事に行く前に教えを請うた。
こうして1日のほとんどをラーメンに捧げるハさんは「麺処ほん田」本店の店長になり、やがて料理長に任命された。料理長とは、その日のラーメンの味を決めるだけでなく、社員とアルバイトがどんな仕事をするのか、すべて振り分けるお店の司令塔だ。
「本田さんとは兄弟みたいな感じ。本田さんと一緒に仕事をするのが、私に合うんです。本田さんがなにも言わなくても、いまなにがほしいとか、だいたいわかるから」




















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