「もっと儲かるかも」「明日は大丈夫」が破産を招く? 株高に沸く若者たちが学ぶべき"合理的な楽観"とは

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「給料は入ってきたのに、カードの返済額が大きくて、望んでいたほど手元にお金が残らない」といったケースがいい例だ。

そうなってしまうと、来月どころか来週の生活のことまでが心配になり、焦りがイライラにつながっていく可能性も否定できない。

その結果、「トンネル視野」に陥ったとしても不思議ではないだろう。トンネルのなかから出口を見ると、すべてが暗く、一筋の光しか見えなくなるが、お金にも同じことがいえるわけだ。

「お金の奴隷」という末路

著者はここで、就職してはじめてブランドのバッグを買ったときのエピソードを紹介している。

あるどしゃ降りの日に、大事なバッグを宝石箱のように抱えて歩いていたとき、それを見た友人にこう言われたというのである。

「それ、傘をさす必要ある? 体と服がびしょ濡れになっても、そのバッグが濡れなきゃいいの? いくらブランドだからって、振り回されすぎじゃない?」(33ページより)

たしかに、もしブランドものでなかったとしたら、迷わずバッグよりも自分が濡れないことを優先させただろう。

しかも著者は結局、そのバッグを数回しか使わなかったのだという。だとしたら、最初から買うべきではなかったということになるわけで、まさに本末転倒である。

しかしこの出来事は、振り回される人生の虚しさを痛感させてもくれたようだ。

なにかに振り回されるというのは、そのなにかの奴隷になるということ。また、それ以上に問題なのは、そうした行動の滑稽さに気づきにくいことなのだと。

いうまでもなく、これはブランドバッグや高級な靴だけにあてはまることではない。お金に振り回されることについても、まったく同じことがいえるのである。

それどころか、ブランドバッグよりもお金のほうが私たちを振り回す可能性は大いにあるだろう。

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