反抗期より怖い「過剰適応」に表れる子どもの悲鳴、"手のかかる子"はむしろ放置でいい?!子育ての落とし穴「サイレント・ネグレクト」とは

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親からすれば、これは「問題行動」であり、正すべき「悪」に見えます。だからこそ、注意し、叱り、矯正しようと必死になります。イライラするのは、その熱量の裏返しです。

しかし、子どもの心理という視点から見ると、景色はまったく違って見えます。

子どもにとって、親からの「関心」は、生きていくための酸素と同じです。子どもは無意識のうちに、「親に自分を見てほしい」「自分にかかわってほしい」と渇望しています。

ここで大切な点は、子どもにとっての「関心」とは、必ずしも「褒められること」や「優しくされること」だけではないということです。たとえ「叱られる」「怒鳴られる」というネガティブな形であっても、「親が自分に反応してくれている」という事実そのものが、子どもにとっては「愛情(関心)の供給」になるのです。

上のお子さんは、手のかかる行動をとることで親を振り向かせています。さやさんは毎日イライラし、彼に言葉を投げかけて感情をぶつけています。これは裏を返せば、「圧倒的な頻度と熱量でコミュニケーションをとっている」ということです。

心理学的に言えば、彼は「マイナスのストローク(かかわり)」を大量に獲得している状態です。

「親は、僕のことを見捨てていない」

「どんなに悪態をついても、親は僕に向き合ってくれる」

手がかかる子というのは、このような「根拠のない安心感」を、親との衝突を通じて確認し続けていることが多いのです。

つまり、上のお子さんは「愛情不足」には陥っていません。むしろ、親のエネルギーを独占し、満たされていると言っても過言ではないのです。だからこそ、彼は安心して家で暴れ、わがままを言えるのです。よくあるケースで、外で良い子を演じて家で爆発することがあります。これも、彼にとって家庭が「感情を出しても安全な場所」として機能している証拠なのです。

ですから、上のお子さんについてはこう思ってください。

「あんなに手がかかるのは、私が十分に向き合っている証拠。この子は大丈夫だ」と。

「手のかからない子」に潜む静かな危機

さて、問題の本質はここからです。

筆者が懸念しているのは、さやさんが「何も問題がない」とおっしゃっている、小5の下のお子さんです。

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