後世の創作においても発想の源泉となった山東京伝の実力には驚かされるばかりだが、遊郭での振る舞いも粋なものだったようだ。生涯で2度の結婚をしたが、妻になったのは2人とも吉原の遊女である。吉原に生まれ育った蔦重とは、バカ話をしているうちに、自然と創作物が湧いてくる。そんな関係だったのではないだろうか。
問題作でも蔦重が発刊に踏み切ったワケ
それだけに、蔦重と山東京伝の名コンビを取り締まれば、見せしめとしても大きな意味を持つ。何とか風紀を引き締めたい老中の松平定信は、そう考えたのだろう。
京伝が遊郭の風俗を描いた、洒落本『仕懸文庫』(しかけぶんこ)、『青楼昼之世界錦之裏』(せいろうひるのせかいにしきのうら)、『娼妓絹篩』(しょうぎきぬぶるい)の3冊が、出版取締令に触れるとして、絶版を命じられることになった。
版元の蔦重からすれば、このときすでに「寛政の改革」の影響で、大田南畝や朋誠堂喜三二、恋川春町らの筆には頼れない状態だった。たとえ物議を醸しても、状況的にこの3作を刊行しないわけにはいかなかったのかもしれない。
その結果、作品が絶版に至っただけではなく、前述したように、京伝や蔦重自身も処分が下されることになった。
だが、たとえ一時的に気持ちがふさぎ込むことはあっても、転んでもただでは起きないのが、クリエーターというものだ。事件をきっかけに広く名を知られた京伝は、長編小説の道へ。そして、蔦重は役者絵を売り出すべく、また新たに動き出すことになる。
【参考文献】
松木寛『新版 蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』(講談社学術文庫)
鈴木俊幸『蔦屋重三郎』 (平凡社新書)
鈴木俊幸監修『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(平凡社)
倉本初夫『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(れんが書房新社)
洲脇朝佳「寛政期の歌麿と蔦屋重三郎」(『國學院大學大学院紀要』文学研究科 2019年 第50号)
小沢詠美子監修、小林明「蔦重が育てた「文人墨客」たち」(『歴史人』ABCアーク 2023年12月号)
山本ゆかり監修「蔦屋重三郎と35人の文化人 喜多川歌麿」(『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)
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