米国文学研究者が「自己啓発本」にのめり込んだ訳 系統立てて読むことで真意がわかるようになる
そんなわけで大衆文学の魅力に開眼した私は、次も大衆的な文学の研究を、それも今まで散々「女性だけが読む文学」を研究してきたのだから、今度は「男性だけが読む文学」を研究してみようと考えた。
ここまでは必然。しかし「自己啓発本」をターゲットにしたのは偶然である。たまたまテーマ探しをしている時期に、とある自己啓発本と出会い、何だ、ここに「男性に人気の文学ジャンル」があるではないかと、はたと気づいたのだ。
以来10年、私はひたすらに自己啓発本を読み続けた。その数、1000冊。平均して1週間に2冊ずつ、10年間読み続けたことになる。決して天文学的な数字ではないが、ある程度忍耐力がないと到達できない数字ではある。
否、私とて端からこんなに読むつもりはなかった。当初の研究プロジェクトとしては、2年か3年である程度の成果が出せればいいくらいのつもりだった。ところが1冊の自己啓発本を読むと、どうしてもそれに関連する数冊の自己啓発本を読まざるをえなくなる。で、その数冊の自己啓発本を読むと、やはり1冊読む毎に数冊の関連書を読まざるをえなくなり……という具合で、読めば読むほどゴールが遠のくのである。
なぜそういうことになるかと言うと、自己啓発本というのは、それ以前に書かれた自己啓発本に触発されて書かれるものだからである。自己啓発本のライターは、かつて自分が読んで感銘を受けた自己啓発本をリスペクトする余り、自分が書いている自己啓発本の中にそのことを必ず書き記すのだ。
たとえば「永ちゃん」こと矢沢永吉氏は、若い頃、デール・カーネギーの書いた『人を動かす』という自己啓発本を読み、これに触発されて頑張ったがためにアーティストとしての成功を掴んだのであって、氏の自己啓発的伝記たる『成りあがり』には『人を動かす』への言及がある。となれば、研究者として『成りあがり』を読んだ以上、『人を動かす』も読まざるをえなくなるのは当然だろう。
自己啓発本は「本」というよりも「星座のような体系」である。
自己啓発本を読み進めてわかること
とまあ、この一例からも明らかなように、文学研究の対象として自己啓発本を読み進めていくと、「Aという本はBという本の影響下にある」ということがわかってくるものなのだ。
しかもそのBという本だってCという本の影響下にあるのだから、その数珠つなぎの影響関係には際限がない。で、その際限のない影響関係をたどろうとすれば、際限なく読み続ければならないのも道理。
要するに私は、女性向けロマンス小説の沼から抜け出た途端、今度は自己啓発本という文学ジャンルの底なし沼に嵌まったのだ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら