弘兼憲史「スーパーのレジ待ち」すら楽しむ境地 「おもしろきこともなき世」も心持ちで変わる
小さなことでいいのです。"ちょっといい話"を、自分だけの"いいニュース"として楽しんでみる。喜んでみる。そして、ニッコリしてほしいのです。
たとえば、「いい映画を観た」「テレビの連ドラ、思ったより面白かった」「なんとなく入った店のラーメンが美味しかった」「安くてうまい居酒屋を見つけた」。
あるいは、「駅までの道、一度も信号に引っかからなかった」「満開のサザンカ並木に癒された」「つい口走ってしまった"オヤジギャグ"に、部下が笑ってくれた」「理由はわからないけど、今日は妻の機嫌が良かった」。
そんなことでいいのです。自分にとっては十分な"いいニュース"ですから。
そんなニュースの一つひとつを、スマホのスケジュール帳などにメモしておく。あとでそれを読み返したら、ニコッとすることができます。
好奇心を持って「人間」を楽しんでみる
面白くもない世の中を面白く生きるための第一条件は、"好奇心"かもしれません。かくいう僕は"好奇心のかたまり"を自負しています。
知らないことや珍しいものに興味を持って、「何だろう?」「どうしてだろう?」と知りたがる。今まで食べたことのないもの、たとえそれが"ゲテモノ"と呼ばれるようなものでも、とりあえず口に入れてみる。
人間観察も好奇心の一つです。
僕は漫画のネーム(コマ割りやセリフなどを描いた下書き。漫画の設計図)をファミリーレストランで描くのですが、隣のテーブルに男女がいれば、さりげなく聞き耳を立てます。
どうやら夫婦ではなさそうだ。上司と部下かな。そうでもなさそうだな。取引先の関係かな……。
なんて考えながら見ていると、男性が頼んだ料理に女性がフォークを立て、「それ、ちょっと頂戴」と食べました。あるいは、足元に目を移すと、トントンって相手の足を軽く蹴っています。
すると、ああ、この二人はできてるね! と確信します。そんな、本当にどうでもいいことを考えたりしているのです。
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