上がどんなに「老害」であっても文句は言わない、とルール化してしまえば、逆に迷いは消えます。影響力を行使できる人が強く、行使される人もその状況を当然だと考え始めれば、もはや多少の悪事が起きても組織内で問題にはならなくなるでしょう。
そして、組織文化は大きな問題や事件がないかぎり継承されていくため、かつての「老害」被害者たちも、すっかりその文化に適応して、ほかを知らない「専門家」となってしまいます。そして、時間が経過すると、かつての上司以上の「老害」になるリスクもあります。
多少大げさに述べれば、「老害」エリートの誕生です。周囲に「老害」が多い環境で育つと、自分自身も、ともすると育てた人を上回るほどの立派な「老害」になってしまうというわけです。
さらに言ってしまうと、適切なたとえなのかは分かりませんが、まるでゲームの「バイオハザード」のようなものです。最初は嫌な思いで抵抗していた人が、いざ「老害」にかまれると、まるで感染したかのように自身も「老害」化してしまう……組織には、そんな危険性も隠れているといえるでしょう。
また、適切な休息が取れず、睡眠が不足していると、脳の老化は早まります。組織が休息や短時間労働を否定し、長時間労働を「みんなそうやって頑張ってきたのだ」と肯定するような文化であれば、そこは一層「老害」発生の温床になります。
この問題は個人の「老害」化に限った話ではありません。
企業内のルールや常識が、初めこそささやかだったものが徐々にエスカレートし、社会的には犯罪的な状況になっているにもかかわらずなかなか明るみに出ない……というようなこともあります。不正、偽装、賄賂、粉飾など、挙げだしたらキリがありません。
「老害」が再生産されている組織では、誰も疑問を持たず、あるいは、持つこと自体が悪とされ、問題があっても見過ごされます。そして、ある日突然大ごとに発展するのではないでしょうか。これはまさに立派な「見て見ぬふり」の「右脳老害」です。
組織や学問の発展を阻害する「出る杭を打つ」老害の正体
「老害」の最もわかりやすい典型は、「出る杭を打つ」人です。
「出る杭は打たれる」などとのんきにひとり言を言っているようでは、もはや「老害脳」化にどっぷりはまっていると言わざるを得ません。
脳には、差異を検知する仕組みが働いています。同じ組織にいても、みんな違う人間なのですから、自分と異なるところや他人同士で違う部分を認識し、相手を理解したり刺激を受けたりします。双子でさえもある程度は差異を感じられるでしょう。
そして、「出る杭を打つ」タイプの老害は、相手と自分、つまり「老害」を受ける側と自分との差を強調し、自分の優位性を見せつけたくて、そのような行為に走っているとも言えます。そう考えると、「出る杭を打つ」という老害行為は、実は自己肯定感の低さの裏返しと考えられます。
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