東証・機関投資家・CFOが「PBR向上」を激論! TOKIUMが初の大規模カンファレンスを開催
「上場企業の約98%は世界の投資家のレーダーに映っていない」
東京・恵比寿のウェスティンホテル東京。広さ1000平方メートル超の空間で開催された「TOKIUM VISION 2024」のオープニングには、TOKIUM代表取締役の黒﨑賢一氏が登壇。「情報提供を通じて、皆様の企業価値向上に貢献したい」と、TOKIUMが初めてのカンファレンスを開催した目的を伝えるとともに、「未来へつながる時を生む」という社名に懸けた思いを踏まえ、「志を持つリーダーを支えるために時を生むことが、よりよい世界へ変わることにつながると信じています」と語った。
現在、企業価値の向上は経営の重要なアジェンダとなっている。2023年3月には、東京証券取引所がPBR(株価純資産倍率)の低迷する上場企業に対し、改善策の開示を要請。「PBR1倍割れ」はトレンドワードとなった。
この重要課題に真正面から向き合ったセッションが、「東証・ファンド・企業視点で考える PBR向上への道」と題したパネルディスカッション。東京証券取引所と機関投資家、上場企業CFOが議論を展開する希少な機会とあって、会場はほぼ満員になった。
PBR改善策を要請した仕掛け人でもある東京証券取引所の池田直隆氏は、「PBR1倍」を打ち出した理由について、「日本企業および日本のマーケットの魅力を向上させるため、わかりやすく問題提起をしたかった」と説明。TOPIX500の約4割が1倍割れしていると指摘し、その改善策が求められるとした。
では、なぜ日本企業のPBRは低いのか。モデレーターの田中慎一氏からの問いかけに、マクロな視点から見解を示したのは、ニコンCFOの德成旨亮氏。「デフレの30年間で、日本の社会が現状維持を選択したことが遠因」とした。
「結果として企業規模が小さくなってしまいました。世界の投資家がベンチマークとしている指数では、時価総額2兆円以上じゃないと大企業と見なされません。日本だと90~100社しかありませんから、上場企業の2~2.5%程度です。ほとんどが投資家のレーダーに捉えられず、分析すらしてもらえません」
こうした状況は、裏を返せば企業が自らの存在をアピールできていなかったということでもある。「今は年間600くらいの会社とミーティングをしている。投資家が何を考えているのか、株価がなぜこのくらいなのか企業の関心が強くなってきた」と分析するブラックロック・ジャパンの江良明嗣氏は「10年くらい前までは、企業が株主をステークホルダーとしてあまり意識していなかったのではないでしょうか。年間にお会いする企業の数は現在の5分の1程度で、多くはこちらから企業様にお声がけしていました」と振り返る。
ラザード・ジャパン・アセット・マネージメントの福田智美氏は、それに加えて「キャピタルの議論をできる企業が少なかった」ことも低PBRの原因に挙げた。「PL(損益計算書)を重要視するあまり、ROE(自己資本利益率)が置き去りにされていることがよくありました」とも指摘。PBRが「ROE×PER(株価収益率)」であることを踏まえれば、低迷するのは当然だろうと続けた。
「投資家は意外と定性的な分析を重視する」
もちろん、PBRの数値だけを目標とするのは意味がない。東証の池田氏は、「PBR1倍に焦点が当たりすぎて、『PBR1倍を超えればいい』といった誤解が生じている」と危惧する。
「PBR1倍は絶対的な指標ではありません。大切なのは、株主から預かるキャピタルをいかに成長投資に使うかです。事業ポートフォリオの点検も含め、経営資本の適切な配分を実現し、それを開示して投資家と対話をしながら取り組みをどんどんブラッシュアップしていただくことで、企業価値向上が進むマーケットをつくっていきたいと思っています」
この意見に機関投資家の2名も同調。そのうえでラザードの福田氏は、開示の内容に注文をつけた。
「学術的にも、『適切な情報開示は資本コストを下げる効果がある』といわれています。情報がないと企業の評価もできませんし、対話の話題も見つかりません。単に義務づけられた項目をチェックするだけでなく、投資家に伝えたいことをしっかりと示していただきたいのです」
情報開示は有価証券報告書ですればいいと考えがちだが、他の資料もチェックするとブラックロックの江良氏は話す。
「決算資料や統合報告書、Webサイトのトップメッセージも必ず見ています。実際にその企業の方とお会いする際に、それらと同じメッセージが出てくるかどうかは確認するポイントの1つです。どのようなパッションを持っているのか、ビジョンはどうなのか、意思決定の起点がどこにあるのかはよく見るようにしています」
しかも、「意外と定性的な分析が多い」のだという。福田氏は、トップメッセージを必ず日本語と英語の両方で読み、トップの思いを感じ取るようにしたうえで、「よい統合報告書、よい開示」には経営者のメッセージが一貫して込められていると話す。
「(よい統合報告書、よい開示には)企業理念を、経営トップからIR担当の方まで意識をして、会社全体で企業価値を上げようとしていると感じますし、そこは投資家として高く評価します」
「経営者が投資家を選ぶ時代が到来する」
そうした投資家の要望に対し、企業はどう対応するべきなのか。ニコンの德成氏は、「投資家との面談は経営者を鍛える場」だと位置づける。
「とくに海外の投資家は、信条や哲学的なことをよく聞きます。日本以上に、『経営者が変わると企業が変わる』と思っているのでしょう。これからは日本の投資家も自分のビジョンをしっかりと打ち出していく時代が来ると思っている。こうした投資家と会うことが減ると、経営者はダメ出しされる経験がどんどんなくなりますが、逆に耳の痛いことを言ってくださる投資家は自分を成長させてくれます。そうやって経営者が投資家を選ぶ時代になることが、対話のレベルを上げていくことにもつながると思っています。だから私はCEOに会わせる投資家としてふさわしいかどうかを考えていましたし、今では部下に対しても同じように対応するよう、お願いしています」
企業と投資家の対話のレベルが上がることは、池田氏の指摘するように取り組みのブラッシュアップにつながる。それを投資家と共有すれば、目先の数字だけで判断されることもない。実際にニコンは、株主還元を10%にとどめて90%は成長投資に回すと宣言。結果、株価は約2.5倍も上昇したという。本質的な企業価値が向上していると投資家に評価された証左だろう。
「今、30年間のデフレからインフレに転換し、加速しています」。冒頭の「デフレの間に現状維持を選択し、企業規模が小さくなって世界の投資家のレーダーに捉えられなくなった」との発言を踏まえて德成氏は続ける。
「高度成長期がそうだったように、失敗してもインフレが覆い隠してくれますし、チャレンジを促すアニマルスピリッツが刺激されると思っています。その域に勇気を持って半歩踏み出し、自らの強みを猛アピールして投資家のレーダーに捉えられるようにすることが重要だと考えています」
この德成氏の言葉に、江良氏は「株式市場をうまく使って成長する企業が増えてほしいし、投資家の分析力やフィードバックをうまく経営に役立ててほしい」と呼応。福田氏は未来への視点として、お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所で自身が教える大学生のほとんどが投資に積極的だというエピソードを披露。投資家と企業の対話を深める文化を定着させることで日本企業の価値向上、ひいては日本全体の活性化につなげていきたいと話した。
「戦略の実現可能性を左右するのはエンゲージメント」
企業価値を向上させるには、投資家との対話だけでなく組織づくりも重要だ。パネルディスカッション「企業価値向上に必要な組織のエンゲージメントと人材育成」では、一橋大学大学院教授の野間幹晴氏とネスレ日本 執行役員コパイロットの中岡誠氏が登壇。
野間氏は「エンゲージメントが高い会社ほど企業価値が高い。エンゲージメントが戦略の実現可能性も左右するからだ」と指摘。その実践例として、中岡氏は「ネスレは財務管理部門をグループ全体のパフォーマンスを加速させる触媒(カタリスト)としている」と明かした。
組織づくりの観点では、元サッカー日本代表監督で今治.夢スポーツ 代表取締役会長の岡田武史氏も講演。「ドバイで洪水が起きている。過去のデータや知識が役に立たない、ロールモデルのない時代が来る」とし、「今やれることをとにかくやるしかない。エラー&ラーンで失敗したらやめればいい。主体性を持ち、違いを間違いとせずに認め合うことで、チームにモラルが自然に生まれる」と提言した。また、企業成長のためのケーススタディーとして、トリドールホールディングス執行役員CIO/CTOの磯村康典氏とアルペン執行役員管理本部副本部長 兼 財務部長の清水直輝氏も登壇。DX推進の道のりを紹介し、導入したTOKIUMの効果にも言及した。
カンファレンスの締めくくりでは、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏が講演。まず入山氏は、カンファレンス直前の2月22日に史上最高値を34年ぶりに更新した日経平均株価に言及。「ようやく日本経済浮上の兆しが見えてきた。今、世界で日本が注目され始めている」として、その理由が4つあると指摘した。
1つ目は円安・賃金安。2つ目はデカップリング。世界が不安定なため日本の安全性が注目されているということだ。3つ目はIoT。モノにインターネットがつながるので、製造業大国である日本が優位性を持つ。そして4つ目がコーポレートガバナンス。「とうとう日本が経営の透明化に手をつけ始めたと世界の投資家はみている。だから、イノベーションを起こすことが重要」だという。
「イノベーションは知の探索で生まれます。知の探索は自分の認知の外にあるので、自分自身を物理的に移動させなければなりません。失敗もつきものです。だから、効率化できる業務はすべてTOKIUMのようなサービスに任せて、人間じゃないとできない知の探索に浮いた時間やリソースを注ぎ込んでほしいと思っています」
どのセッションも熱の入った内容で、セッション後の懇親会では参加者同士の活発な交流も見られた。企業の支出業務のDXサービスを提供しているTOKIUMは、今後も企業価値向上や経営力強化に向けた情報提供、カンファレンスの開催を予定しているという。その動きから目が離せない。