「飼料サーチャージ」では酪農を救えない根本理由 農水省で議論、乳価に飼料費を反映させる制度

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酪農家の中には、国産のエサにこだわる農家もいる。

東京から車で約2時間、千葉県いすみ市にある「高秀牧場」。乳牛を約150頭飼育するこの牧場では、給与されるエサの約85%が国産だ。同牧場の髙橋憲二代表は、2008年に起きた輸入飼料の高騰を受けて国産飼料の重要性を痛感、自らの畑で飼料を作りはじめた。

稲作農家と協業して収穫している飼料用米(右)。それを潰したもの(左)を自給飼料などと混ぜて使う(記者撮影)

稲作農家と協業した飼料用米の収穫、酒かすや醤油かすなどの食品残さを飼料化するエコフィードの取り組みなども通じ、約2~3年かけて現在の飼料配分に至った。乳牛の生育は、輸入飼料を多く使っていた時と比べ遜色ない。何より国産飼料への置き換えで、飼料費が安定した。近年の飼料高で、輸入飼料を多く用いた場合の1頭あたり1日の飼料代は2000円以上。一方、高秀牧場ではこれを約1300円に抑えられているという。

ただ、農協などに電話1本すればすぐ届く輸入飼料に比べ、「自給飼料を作るのは1000倍大変」(髙橋代表)。土地を確保して耕し、種まきをして管理しなければならない。作業機械が必要だが、当初は経営が厳しく、中古の収穫機を50万円で買うところから始めた。普段の仕事と同時に作業を進めるため、飼料の収穫期には1日16時間働いて過労で入院したこともある。「高齢の方や人材の少ない酪農家さんに勧めるのは難しい」(同)。

都府県における酪農家で「70歳以上」の経営主が占める割合は、2017年の14.1%から2020年には21.1%まで上昇した(中央酪農会議調べ)。酪農家にとって、国産飼料の利用拡大はそれほど簡単なことではないのだ。

「サーチャージ的な仕組み」の結論は見送り

6月30日に農水省が公表した中間とりまとめでは、「飼料サーチャージ的な仕組み」の導入は見送られた。農水省は、単純に飼料コストのみを価格に反映する仕組みでは関係者間の合意が得られない可能性が高いとし、今後は輸送費、燃料・光熱費なども含めた価格形成を検討のうえ、専門家によるワーキングチームを立ち上げて議論を続けるのが適当であるとした。

今後の議論によっては、一定のルールのもと、酪農界に「サーチャージ的な仕組み」が導入されうる。ただ、何の補填もなくサーチャージ分が商品の値段に転嫁される事態になれば、消費者の買い控えが生じて、結果的に生産者の収入が減少するおそれもある。価格反映を行う基準をどこに設定するかが、今後の議論の焦点になるだろう。

農水省は国産飼料の拡大にも取り組んでおり、2030年度には粗飼料を100%国産化することを目標としている。ウクライナ危機を背景に食料安全保障の必要性が声高に叫ばれる中、来年の通常国会では「食料・農業・農村基本法」の改正案の提出も予定されている。

そんな中で飼料価格の変動を自動的に価格に反映するような仕組みは、飼料国産化に対する酪農家のインセンティブを削ぐことになりかねない。そして何よりも、飼料費の高騰に対して自助努力する酪農家が報われる施策が求められる。

北海道大学の小林准教授は「サーチャージ的な仕組み」について、「緊急避難的な措置としては評価されうるが、現状の根本解決には、飼料の輸入依存から脱却する方向性の政策が必要ではないか」と語る。単純な仕組み1つで、酪農家の危機は終わらないようだ。

田口 遥 東洋経済 記者

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たぐち はるか / Haruka Taguchi

飲料・食品業界を担当。岩手県花巻市出身。上智大学外国語学部フランス語学科卒業、京都大学大学院教育学研究科修了。教育格差や社会保障に関心。映画とお酒が好き。

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