有料会員登録 東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資 #植田日銀の宿命

効果失った先で「緩和演技」続けた日銀の25年史 芸風の異なる総裁たちの「演じ方」をたどる

9分で読める 有料会員限定

INDEX

日銀のレビューが出るのは1年~1年半後(写真:編集部撮影)

植田和男総裁率いる日銀は4月の金融政策決定会合で、過去25年間の金融政策運営を多角的にレビューすることを正式に決めた。会合後の記者会見で植田総裁は「デフレに陥った1990年代後半以降にさまざまな金融政策が実施され、(それらの政策への)さらなる理解を深め、今後の政策運営にとって有益な知見を得たい」との考えを表明した。

過去25年間の金融政策を再解釈し、レビューの方向性を占ってみたい。

レビューの前提として、「25年間の金融政策」を総括的に捉え直すことが必要であろう。重要なのは、この25年間は最初の時点から経済・物価への有効性をおおむね失っていたことだ。

日銀はさまざまな政策を展開したが、基本的には「緩和演技」に近いものだった。演技ではなく、本気で緩和したのは2013年に発足した黒田体制だが、この「本気」は効果を誇大視したものにすぎず、案の定、デフレ脱却に失敗したのはご案内のとおりだ。

起点は金融危機の直後

以上を踏まえ、25年間の歩みを振り返ってみよう。金融緩和の演じ方は、日銀を率いた各総裁によって芸風が異なるため、任期ごとに区切って解説する。

起点となる1998年は、改正日銀法が施行され速水優総裁(故人)が就任した年だ。植田総裁も同年、審議委員として日銀入りした。当時の経済情勢は前年秋に勃発した金融危機の悪影響が深刻化しつつあった。ただし、日銀への緩和圧力はさほど強いものではなかった。

むしろ、金融政策に集中する状況ではなかった。

大蔵省接待汚職事件が日銀に飛び火し、当時の松下康雄総裁と福井俊彦副総裁が引責辞任した余波に翻弄されていた。もともと福井副総裁が総裁に昇格する予定だったが、突如の辞任劇に。急きょ抜擢されたのが速水氏だった。日銀では国際畑を歩み、接待とは無縁の清廉潔白なイメージから起用された。汚職事件で信用を失った日銀の刷新が最優先の課題だったのだ。

2/6 PAGES
3/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数