岸田政権による大型経済対策が発表されたが、キーワードは「分配」と「新しい資本主義」である。
今回の経済対策に対するメディアや識者の評価はやや辛口であり、アベノミクスのキーワード「3本の矢」などと比較すると物足りないとの声が聞かれる。要するに、「分配だけでは駄目」、「成長志向が足りない」というわけである。しかし、最近の経済政策をめぐるキーワードには、用法の混乱があるように思える。
「分配」の対立概念が「成長」であるとされる。従来は、「成長」を実現するためには「規制緩和」などで経済活動の自由度を高めることが重要で、それは突き詰めると「小さな政府」になるという考え方があった。その考え方自体が正しいかどうかは別にして、ある時代まで日本でも一定の支持があった。
逆に「分配」とは、「守旧」、「規制維持」の考え方であり、最終的には「大きな政府」につながる。しかし、昨今の政治一般の議論では、「成長」のためにはまず「財政拡張」を行うことが必要だという主張が、当たり前のごとくされるようになっている。「成長」=「小さな政府」というひも付けが希薄になっているのである。
最近では、「成長」とは単純にGDP(国内総生産)成長率の数値を引き上げることを指すようになっていると思われる。財政拡張や金融緩和などの「マクロ政策」によって1、2年でもそれを実現すれば「成長志向」であるという考え方が広く流布するようになってきている。
本来、「成長」という用語は、経済のトレンドなり、方向性を示す言葉として使われていたはずである。「高成長国」とは、他国よりも高い成長を「続けている」国のことであり、「高度成長」とは2桁成長が10年以上も「続く」状態を指す。1、2年程度GDP成長率が高まることをもって「成長」とは本来いわない。
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