「田園調布に家が建つ」とは、漫才コンビの星セント・ルイスのネタだ。1980年に一世を風靡したこのフレーズにあるように、大田区田園調布は、関西の芦屋と並んで、成功した富裕層の住む街として知られている。
この街の歴史は、NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一の時代にさかのぼる。18年、渋沢らは田園都市株式会社を設立。19世紀末に英国のハワードが提唱した都市と農村の融合、「田園都市」を実現するため、19年には栄一の息子、秀雄らが欧州に派遣され11カ国を巡った。彼らはロンドン郊外の田園都市レッチワースを参考に、日本流のアレンジを加えた新しい街を構想する。
田園都市株式会社は、現在の目黒区洗足、同区大岡山および当時は調布と呼ばれていた多摩川台の開発に着手する。現在、町域としての田園調布は1~5丁目、さらに田園調布本町、田園調布南、世田谷区玉川田園調布がある。田園都市株式会社により開発分譲されたのは、2丁目の一部、3丁目、4丁目の一部および玉川田園調布の一部約30万坪だった。
23年8月から分譲を開始した新しい街は、東京に通うエリートサラリーマンの街として脚光を浴びた。同年に発生した関東大震災で田園都市が大きな被害を受けなかったことも、人気に拍車をかけた。また23年の東急目蒲線(現多摩川線)の開通に続き、27年8月には東急東横線の駅も完成し、都心へのアクセスがよくなった。
この街は、田園調布駅西側に放射状に広がる道路とこれらをつなぐ同心円状の道路で構成される。各区画を広く確保して広場や公園を配置。イチョウなど街路樹も豊かだ。その街並みが人気を博して企業経営者や文化人、スポーツ選手などが次々と居を構え、人生の成功者が住む街として漫才ネタに登場するまでになったのだ。
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