中津市は大分県の北西端にある人口約8万3000人の街で、大分市、別府市に次ぐ県内第3の都市だ。豊臣秀吉に仕えた軍師、黒田官兵衛(如水)が築城を開始し、細川忠興によって完成した中津城の城下町として知られる。大分県と福岡県を分ける山国川の支流、中津川の河口に築かれた「水城」の中津城は、今治城、高松城と並ぶ日本三大水城の1つだ。
中津城の天守閣は「模擬天守」と呼ばれる。実は、現在の天守閣はもともとあったものの復元ではなく、1964年に観光開発を目的とし鉄筋コンクリート造で建てられた「模擬」の天守閣なのだ。その後、城の維持費の問題から2010年に、不動産会社を通じて城の建物が一般に売却され、現在は埼玉県の企業が所有するという珍しい形態になっている。
城下町以外の観光資源も豊富だ。市の中心部から山国川に沿って国道212号を南下すると、奇怪な形状の岩石群が現れる。日本三大奇勝に数えられる耶馬渓(やばけい)である。その名は、江戸時代の歴史家であり文人の頼山陽がこの地を訪れた際に、山国谷と呼ばれていた同地を「耶馬渓天下無」と漢詩で表現したことが始まりとされる。
耶馬渓を代表する名勝・競秀峰には多くの観光客が詰めかける。その裾野にうがたれた「青の洞門」、江戸時代に羅漢寺の禅海和尚がノミ一本で掘ったというトンネルは、小説家・菊池寛の代表作『恩讐の彼方に』の舞台として有名だ。
城下町と渓谷を持つ中津は、観光業を中心とする街づくりを行ってきた。だが、九州の人々にはなじみ深い観光地でも、大阪や東京での知名度は低いままだった。
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