東急田園都市線たまプラーザ駅と聞けば、1983年のTBSドラマ「金曜日の妻たちへ」を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。都心の会社に勤めるサラリーマンの憧れの街、そしてそこに暮らす核家族の生態が活写された。とりわけ専業主婦たちの奔放な生き方は、当時の世相も相まって社会現象になった。
ドラマの舞台となった横浜市青葉区美しが丘は、たまプラーザ駅の北側に広がっている。プラザとはスペイン語で「広場」を意味する。鉄道駅名としてはおしゃれなたまプラーザだが、開発の歴史は古い。53年、東急電鉄総裁の五島慶太氏が「城西南地区開発趣意書」を発表。急増する東京都心部人口の受け皿として、郊外型高級住宅地の開発を目指した。
59年には土地区画整理事業に認定され、63年に開発を開始。66年4月に田園都市線たまプラーザ駅が開業する。とくにこの駅がある元石川第一地区は多摩田園都市構想の中核地とされ、町名も元石川から美しが丘(1〜3丁目)に変更された。
田園都市線沿線が都心に通勤するサラリーマンの注目を集めるようになったのは、77年に新玉川線が開通し、渋谷駅への直通運転が開始されたことが大きい。これによりたまプラーザ駅から渋谷駅までは現在、急行を利用すれば20分強で行ける。さらに、東京メトロ半蔵門線が延伸されたことで、大手町駅まで直通運転で40分強となり、人気に拍車がかかった。
歩車分離とクルドサック
この街の特徴は、自動車道と歩道を完全に分離し、住民に関係ない車が通り抜けできないよう袋小路(クルドサック)を設けた、ラドバーン方式と呼ばれる形態にある。確かに街を歩いても自動車の通行があまり気にならない。また、街路樹が多く配され、自然環境豊かな街並みを実感できる。
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