約5年前、大分県別府市でのリゾート開発計画の企画立案のために、私は生まれて初めて大分県を訪れた。別府での仕事を終えて、大分市内に入ったのは、県内最大の都市を見るためだった。
大分駅前で驚いたのが、れんが色の立派な駅舎と整備された駅前ターミナルだ。駅ビルのアミュプラザおおいたには多くの物販店や飲食店が入り、まるで福岡の博多駅にでもいるようだった。駅前からは、セントポルタ中央町にガレリア竹町としゃれた名前を冠した、アーケードを備える商店街が続く。地方にありがちなシャッター通りとは違い、多くの市民が買い物を楽しみ、にぎわっていた。
大分市は県の中央部に位置する人口47万8000人の中核市だ。古代には豊後国(ぶんごのくに)の国府が置かれ、東九州地域の中心地だった。街の東側には大野川、西側には大分川がそれぞれ南北に流れて沖積平野を形成し、そこに市街地が広がる。
車を海沿いに走らせて瞠目(どうもく)したのが、別府湾に面した広大な埋め立て地と、そこに集う巨大な工場群だ。大分市は1964年に新産業都市に指定され、埋め立て地エリアに多くの工場を集積することに成功した。産業は第2次産業の比重が大きく、市内総生産の30%を占める。業種別では石油・石炭製品、化学、鉄鋼、非鉄金属、最近では電子部品、デバイス、電子回路などが生産されている。市内では、旭化成、日本製鉄、住友化学、キヤノンなどの日本を代表する大企業の看板が見られる。
新産業都市の優等生
国内の有力製造業者を招き、多くの勤労者を集め、街が発展する。大分市は「人が集まる街」を実践してきた典型的なケースだ。新産業都市に指定された60年代に20万人ほどだった人口は増加を続け、90年代には40万人台と倍増する。大勢の勤労者を受け入れるために、市街地は郊外に急速に拡大。城南、明野、敷戸といったニュータウンが次々と開発、分譲された。
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