詩人・中原中也(1907〜37)は、初めて会う人に必ず「バッハの『パッサカリア』を聴いたことがありますか」と尋ねたという。「聴いたことがない」と答える人がいると、彼は心底うらやましそうな顔をして、「あんなにすばらしいものに出合える喜びが残されているあなたがうらやましい」と語ったのだそうだ。
この逸話の信憑性はともかく、バッハをまだ好きになっていない方に、「あんなにすばらしいものを好きになる喜びが残されているあなたがうらやましい」と声を大にして言いたい気持ちは中也と同じ。バッハの音楽には、趣味の域を超えて“人生の伴侶”とでもいうべき価値があるように思える。
その昔、「モーツァルト効果」なるものがはやった。モーツァルトの音楽を聴くことによって、精神と身体の両面の健康を維持したり、病状を改善したりするという音楽療法だ。効果の程は不明ながら、気分がよくなることは間違いない。モーツァルトを聴かせて熟成させたワインや日本酒まで登場していたのも懐かしい。一方、「バッハの音楽を聴かせると牛はお乳をたくさん出し、鶏は卵をたくさん産む」という話も興味深い。こちらも真偽はさておき、バッハの音楽が人や生き物の気持ちを和らげる効果には期待できそうだ。
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