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ライフ #人が集まる街 逃げる街

歴史ある港町、再生への道は 長崎市 [長崎県]

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  • 牧野 知弘 不動産事業プロデューサー

長崎市は私のお気に入りの街の1つだ。この街を訪れると決まって足を向ける場所がある。それは常磐町の長崎水辺の森公園だ。この公園は2004年の開園。隣接する長崎県美術館を含め、長崎港の再開発事業として整備された。とくに観光スポットというわけではなく、地元の人たちが昼下がりにくつろぎに来たり、夕方、犬の散歩やジョギングを楽しんだりしている姿を見ることができる。

対岸の稲佐山から長崎水辺の森公園を見下ろす(PIXTA)

そんなありふれた公園だが、水辺の広大な芝生に座って、入港する外国のクルーズ船や、接岸している海上保安庁の巡視船を眺めるのが何とも心地よい。対岸には三菱重工業長崎造船所、遠くには稲佐山とロープウェーが見える。

今から80年前、この造船所では戦艦武蔵が建造されていた。吉村昭の小説『戦艦武蔵』によれば、長崎は三方を山で囲まれているため、戦艦の建造が目につきやすい。そこでドックの周囲をシュロ縄のすだれで覆い、建造の様子を悟られまいとしたという。この公園から見る造船所がシュロ縄で覆われていたことを想像すると、この街の歴史を肌で感じることができる。

江戸時代には出島があり、鎖国中も外国との貿易地であった長崎は、明治以降も港湾都市として発展した。だが戦艦などの造船所が集中したことから軍事拠点として狙われ、1945年には原爆投下という悲惨な体験をした街だ。

つねに「開かれた街」として発展してきた長崎は、戦後も三菱重工や三菱電機など三菱系企業の城下町として栄え、異国情緒のある街並みで多くの観光客を呼び込むことにも成功した。長崎の沖合は、五島列島海域や東シナ海の漁業基地としても街の発展を支えた。

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