ロシア紀行編の2回目はモスクワから東へ900キロメートルほど行ったキーロフ州の州都キーロフをご紹介しよう。今回の出張は、私にとって初めてのロシア訪問の機会だった。33年前にプライベートでパリに遊びに行った際、アエロフロート航空のモスクワ経由の便だったのでトランジットで空港に降り立った経験はあるが、ロシアを旅するのは今回が初めてだ。
当時のアエロフロート航空の飛行機は古い機種で乗り心地がよいとはいえず、モスクワ空港でのトランジットの際に、エンジントラブルで真夜中に7時間待ちくたびれるという経験をしたこともあって、この国に対する印象は決してよいものではなかった。
ところが今回搭乗した同じ成田発パリ行きアエロフロート便は、新しい飛行機でサービスも十分及第点をつけられるものであったし、モスクワ空港も近代的に整備され、ブランドショップが並ぶさまは隔世の感があった。また滞在した11日間で一度も通貨を両替しなかったほどキャッシュレス化が進み、タクシーもすべてロシア版ウーバーのアプリで呼び出すなど、日本よりもはるかに進んでいるものもあって驚かされた。
革命家の名をとって
さて、キーロフだ。この街は12世紀末にノブゴロド共和国の商人たちが砦として切り開いたのが始まりとされる。当時はフルイノフと呼ばれ、農産物や工芸品などが生産された。1781年、街の中心部を流れるビャトカ川の名をとってフルイノフからビャトカに名前が変わる。この頃のビャトカはロシアの流刑地であり、反体制派の思想家や作家、建築家などが流されてきていた。
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