[Profile]Edith Sheffer 米カリフォルニア大学バークリー校欧州研究所の上席研究員。専門はドイツおよび中央ヨーロッパの歴史。著書に『Burned Bridge: How East and West Germans Made the Iron Curtain』(未訳、Paul Birdsall Prizeなどを受賞)がある。
医師にとって自らの名が診断名に冠されるのは名誉なことに違いない。だが「アスペルガー症候群」に名を冠した医師ハンス・アスペルガーにとって、それは胸を張って誇れた名誉だろうか。
アスペルガーは、ナチス統治下のオーストリア・ウィーンで小児科医として活躍した。敬虔なカトリック教徒でナチスにも入党しなかった彼は戦後、ナチスに抵抗した人物として評価された。また戦中に障害のある子どもたちを迫害から守るため、彼らには特殊な能力があると診断し、「第三帝国に貢献できる人材だ」と主張して命を救った経緯から、良心的な医師としても尊ばれた。
だが本書で描かれるアスペルガーの人物像は、これまでの慈愛と反骨のイメージを覆す。筆者が史料を丁寧に掘り起こすことで白日の下にさらした裏の顔は衝撃的である。
ナチスの悪名高い政策の1つが「T4プログラム(成人安楽死プログラム)」だ。同政策の下、ナチスはドイツ民族にふさわしくないとみなした精神障害者や知的障害者を多数殺害した。本書によるとアスペルガーは、この政策の一環である児童安楽死プログラムに協力し、多くの子どもたちを死に追いやったという。
惨劇の現場となったのは、シュピーゲルグルント児童養護施設だ。少なくともここで789人の子どもが、薬物を注射されるなどして殺された。確認できただけでも、アスペルガーはこの施設に44人を送り込んだという(実際にはもっと多いとみられる)。
ナチスほど人々にレッテルを貼り、選別することに取り憑(つ)かれた政権はない。ドイツ語に「ゲミュート(Gemüt)」という言葉がある。一般には「心情」や「情緒」を意味するが、ナチス政権下では「共同体の結束に寄与する資質」へと拡大解釈された。その結果、体制に反抗すれば「ゲミュートに欠ける人物」とみなされ、収容所や矯正施設に送られた。
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