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メインバンクには頼れない 固めた変革の決意 岩沙弘道 その2(全5回)

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いわさ・ひろみち●1942年生まれ。67年慶応義塾大学大学院修了後、三井不動産入社。95年取締役、97年専務取締役、98年代表取締役社長、2011年会長。(撮影:梅谷秀司)

「一度、本気で資産を棚卸ししましょう」。資産デフレが始まっていた1995年、取締役となっていた私は、当時の田中順一郎社長に話をしていた。

収益還元法やDCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)を使い、すべての保有資産やプロジェクトを時価会計で洗い出そう、という議論に田中社長も共鳴してくれた。

出てきた結果を見てみると……、一刻の猶予も許されない危機的な状況であった。三井不動産は96年度から99年度まで4期連続で最終赤字を計上することになる。価格の高い時期に取得した不動産を思い切って次々と損切りした。ノンバンクや建設業などのグループ会社もこの際に整理し、本業回帰を進めた。

損切りに尻込みする思いもあったが、「悪い状況は放置しておくとなお悪くなる」というマーフィーの法則の一節を思い出し、歯を食いしばった。普通であれば連続赤字は経営責任となるが、当時は問題を早く見つけてウミを出し切ることが評価されるというのが時代の雰囲気だった。

98年に田中社長から「やはり君の言うような形で再生しないといけないみたいだな」と、社長のバトンを渡された。そのときの私は最年少の専務だったが、「ジリ貧の業界を変えねばならない」という決意を固めて、98年6月に社長に就任するとすぐに米国に向かった。世界では何が起きているのかを、あらためて学んでおきたかったからだ。

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