白川方明前総裁の任期(2008年4月〜13年3月)の5年間は日銀にとって激動の時代だった。就任当初からグローバル金融危機への対応を迫られ、欧州債務危機、さらには東日本大震災にも見舞われた。
就任したのは08年4月。06年末から米国で低所得者向けの住宅ローンであるサブプライムローンの焦げ付きが始まるなど、すでにバブル崩壊の様相が強まっていた。
08年3月のベアー・スターンズへのFRB(連邦準備制度理事会)による緊急融資を経て、同年9月にはリーマン・ブラザーズが破綻。グローバル金融市場は1930年の大恐慌以来の危機的状況に陥った。
白川氏の著書『中央銀行』では、金融・資本市場が多方面で機能不全となり、一般企業の資金繰りにも甚大な影響をもたらした様子、そして対応のための各国財務相・中央銀行総裁らとの電話会議など、緊迫した雰囲気が伝えられている。

バブル防止の重要性
その頃から日本で大きな問題となったのが円高の進行だった。円高の背景には、資金の国内回帰、安全通貨である円への需要が高まったことがある。また、日本の金利はすでにほぼゼロで、内外金利差を拡大させるのは難しかった。
しかし、そうした状況が理解されず、日銀の消極的な金融政策が円高を招いたという批判に、白川氏は「悩まされ続けることになった」。
リーマンショック後、各国の政府・中央銀行の積極的な行動により、恐慌の再来は免れた。著書では、その事後対応の重要性を評価したうえで、そもそもなぜバブルの生成と崩壊を招いたのかが論じられている。
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