INDEX
本庶佑教授がノーベル医学生理学賞を受賞なさった。ほんとうにめでたい。受賞とその対象になったご業績は、すばらしいの一語につきる。それ以上に何か申し上げることはない。
ただ日本では、ノーベル賞は比較を絶する権威があるのか、なぜか大騒ぎする風習がある。こちらはどうも黙っていられない。
今回、教授の出身校・勤務先の京都大学が受賞したみたいに騒いでいたのは、それなりのご愛敬ではある。研究という営みは一人だけでできるものではない。とりわけ理系はそうであって、事情に通じない世間に対し、そうしたことをキチンと伝える意味もある。
ゴシップ的な関心のみ
それに反して、これでもか、これでもか、とくりかえすマスコミの取材には、ほとんど意味がない。何も知らず、まったく関係のない学生や通行人に感想や評価を聞いたり、幼少のころのいわゆる「ご学友」に思い出をたずねたり……。
このあたり、かつてふれた「ロイヤル・ウェディング」などとほぼ同断で、ゴシップ的な関心しかない。低俗なウケをねらうテレビ番組ならともかく、歴(れっき)とした報道でも、あまり姿勢・内容がかわらないのだから恐れ入る。
まだ意味があるのは、ご本人や近しい関係者に、その日常・存念・所懐を聞くインタビューであろう。これも決して少なくない。いい話もある。とりわけ学問に関わる人に、参考になることが多い。
しかしそれなら、取材した側は、その内容をキチンと敷衍(ふえん)し立論したうえで、社会に還元すべきだろう。さもなくば、何のためにわざわざ貴重な時間をとって取材しているのかわからない。
教授は「基礎研究を大事に」といっていた。別に今年に限らない。ノーベル賞を受賞なさった先生方は、日本の学問の行く末を案じて、必ず異口同音に「基礎研究」発言をくり返している。
この記事は有料会員限定です
残り 589文字
