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もう旧聞に属する話かもしれない。応仁の乱がブームなんだそうである。世事に疎いせいか、歴史が専門なのに知らないのか、といわれたこともあった。
「応仁の乱」をタイトルとする新書が、ベストセラーになったことは知っている。そもそも歴史学ということで同業だし、同じ新書を出した身なのだから、知らずにいられるはずもない。
もちろん羨(うらや)ましい。多額の印税収入もさることながら、それだけ広く読んでもらえることが、何より書き手の冥利につきる。
しかしそれで「ブーム」だといわれても、アジア史の研究をやっている当方に、とんと実感は湧かない。興味ももてなかった。疎いと感じ、知らないといわれたゆえんである。しかし理由がないわけではない。
因果関係がわからない
応仁の乱というのは、始まりも終わりもよくわからない戦乱である。誰がどちらについて戦って、という主な人名や事件を覚えるだけでもたいへん。学校で習った時も、そんな記憶しか残っていない。そもそも何でこんなに複雑で、長期の戦乱が続いたのか。そうした大局的な因果関係を先に教えてほしい、と思ったものである。
長じて、いろんな本を読んで得心した。この時代がどんな社会で、どのような歴史的な意義を有しているか、おぼろげながら、知ることができた。そればかりではない。この時代が日本史全体でみても、きわめて重要だったということもわかった。奇(く)しくも自分が専門とした中国史の時代と重なってもいるから、なおさら身にしみて納得できたつもりである。
それでも、関係者の離合集散は、未(いま)だによくわからない。そこは相変わらずである。それに対し旧説はああで、新説がこうだといわれてもついていけない。だがそれは、それでいいと思っている。
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