国内インターネット産業の成長を支えてきた男が振り返る、七転八起の30年史。
米国でUUNET(ユーユーネット)(世界初の商業向けインターネットプロバイダ)が設立されたのが1987年。私は当時、独立してコンサルタントのような仕事をしていたから、米国に近いシンクタンクなどとの付き合いも多く、米国議会の情報が自然と耳に入ってきていた。
向こうの議会では、21世紀の覇権を握るためには通信技術のプラットフォームが必要だという認識があった。米国のインターネット商用化には、もともと軍事ベースで開発した技術の発展や普及を、国を挙げて政策的に支援しようという背景があった。私は、これは日本でも誰かがやらなければいけない重要な技術だと思ったが、誰もやろうとはしなかった。
UUNETの順調ぶりを横目に見ていた1992年の夏ごろ、慶応義塾大学の助教授だった村井純さんとアスキーのソフトウエア開発部長を務めていた深瀬弘恭さんが訪ねてきた。二人はインターネットへの理解が深く、日本でも事業を始めましょうよ、という話を持ちかけてきた。ただ、経営のことはわからないから私に任せたい、ということだった。
資金面などいろいろ心配があったが私は結局引き受け、インターネットイニシアティブ(IIJ)の前身を92年に設立した。だが、インターネット事業を始めるうえで必要な「特別第二種電気通信事業者」の登録認可を郵政省(現・総務省)から得るのが大変だった。担当者からは「通信は公益事業で、潰れないだけの財務基盤が必要。事業開始から3年間、顧客ゼロで収入がなくても事業計画どおりに投資して、会社を継続できるだけの財務基盤を示すこと」という難題を突き付けられた。
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