「とにかく! 負けてよかった……と思った。勝ったりなんかしたら、この国は大変なことになると思っていたからな」
もうすぐ91歳になる私の父が、玉音放送を聞いたときの気持ちを話してくれた。元職業軍人の父は、陸軍中野学校の訓練中に蒋介石暗殺命令を受けている。その命令が終戦時に取り消されなかったため、蒋介石が台湾で死亡するまで30年間、いつでも作戦行動が取れるように準備をしていた。その父が「負けてよかった」と思っていた。
なぜそう思ったのか。その理由は、80年前の日本のごく一般的な庶民の感性に通じていた。
「当時の子供といえば、よほどの変わり者じゃないかぎり、ほぼ全員が海軍兵学校(海兵)か陸軍士官学校(陸士)を目指した。今の東大や京大とは全然レベルが違うよ。運動もできないと合格しないからな。日本中の子供の夢が、海兵か陸士を卒業して、帝国陸海軍の将校になることだったんだ」
海兵や陸士の試験に合格したら、親戚一同、町村を挙げてお祝いされ、自慢の息子、自慢の親戚、自慢の知人になったという。
「それは頭脳明晰、身体強健な者が集まるわさ。陸海軍の将校といえば帝国の種馬という言葉があったくらいだ。それが大問題なんだよ」
今どき落語くらいでしか聞けない江戸弁でしゃべり続ける父は、過去を懐かしむでも恨むでもない。
「軍人というものはな、極めて特殊な仕事だよ。会ったこともない、恨みのない人を殺さなきゃならないし、恨まれることなんかなんもしてないのに、初めて会った人に殺されちまうんだから。これが将校ともなれば、それらの作戦を立てて、実行させる仕事だ。だから、性格や人生観で、向き不向きがはっきり分かれるよ」
この記事は有料会員限定です
残り 579文字
