「早く寝なさい! そうしないと日本の兵隊さんが来るよ!」
これは、特殊部隊を辞めて3年半住んでいたフィリピンのミンダナオ島で、なかなか寝ない子供をしかった母親のせりふである。
私は腰が抜けるほど驚いた。先の大戦から半世紀以上経過しており、私の住んでいた所は別に対日感情が悪いわけではなかった。にもかかわらず、「日本の兵隊さん」が、親の言うことを聞かない子供を観念させるシンボルになっていたのである。しかも、それは日本人であり、元日本兵でもある私が横にいるとわかっていても、親たちの口からつい出てしまうほどポピュラーな言葉だったのだ。
「日本の兵隊さん」にも驚いたが、いちばんびっくりしたのは、それを聞いた子供が急いで寝たことだった。その子は当然、日本の兵隊さんを見たことなどない。直接怖い体験なんかしたことがないのに、なぜ効果があるのだろうか。
あまりに衝撃を受けた私は、その母親に聞いてみた。
「この辺りでは、日本の兵隊は恐怖の対象なんですか?」
「私も見たことはないし、私の母も知らないと思います。祖母なら知っているかもしれませんね。でも、みんな見たこともないのに使っています」
「あの子は、なぜすぐ寝たんですか。『日本の兵隊さん』を怖がってなんかいないでしょ」
「小さいうちは、見たこともない幽霊と一緒で、日本の兵隊さんを怖がったんだと思います。でも、もうあの子は、早く寝たほうが明日楽なことを知っているからそうしたんですよ。怖くて寝たわけではありませんね」
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