昨年行われた国民投票の結果を受け、英国のメイ首相は3月29日、欧州理事会議長に対し、EU離脱を申し入れる書簡を正式に提出した。2年後の2019年3月末に英国がEUを離脱する、そのための交渉が正式にスタートする。
EU離脱をめぐり、この間さまざまな議論が行われてきた。中でも、英ファイナンシャル・タイムズ紙に最近掲載されたデービッド・グッドハート氏の「どのように私はロンドン部族を離れたか」と題するエッセーが私の目を引いた。
それを紹介するのがここでの目的ではないが、概略を示すと、エリートとしてリベラルな思想の下に育ってきた自分の生い立ち、そして左派的な価値を共有してきた仲間(「ロンドン部族」と呼ぶ)から、いかにして離別することになったかという話である。そこで彼が使う分析枠組みに興味を持ったのである。
彼は名門私学イートン校を卒業した後、ヨーク大学で学んだ。そして自分を含め、英国で大学教育を終えた人々を「どこにでも行ける者たち(Anywhere)」と呼ぶ。他方、大学教育を受ける機会のなかった人々を「どこかにとどまる者たち(Some-where)」と区別する。生きる場所の選択肢と重なる学歴の違いが、EU離脱をめぐる反対派と賛成派の分断となって表れたというのである。なるほど、海外で職を得やすい英語ネイティブの大卒者たちにとって、EUは職業選択の範囲を大きく広げる。他方、地元以外では就職の難しい「とどまる者たち」にとって、移民流入は自分たちの職を奪いかねない。
この議論で興味深いのは、英語で高等教育を終えた人々にとって、有利な職業を獲得できるチャンスや国境を越えた移動の範囲が、私たち日本人が想像する以上に大きいことだ。そして、それとの対比で、そのようなチャンスを持たない人々との間で大きな格差や分断が生じていることを示している。英語圏で得た高学歴の価値は、世界の「どこにでも行ける」チャンスの広がりを生み出す。それは英国の大学だけにとどまらない。英語を母語とする国々で世界ランキング上位の大学を卒業することは、それだけでグローバル人材であることの資格証明になる。
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