テレビCMが大好きだ。楽しいし、また書くうえで学ぶことも多い。極端に限られた時間内に告げたいことを的確に伝えるには、高度の技術がいるしそれを生む知恵がいる。特にエスプリに富んだCMに出合うと、やられた、と自分の生業である散文のもどかしさを痛感させられる。
挟むタイミングの妙にうならされることもある。ドラマの間に挿入されるCMは、実は異物の混入ではなく、本編の流れの一パートの役割を果たしている。つまりドラマの“中略”だ。CMを挟むことによって、ドラマの筋も飛躍できる。脚本の助っ人役になっている。特にCMの前に登場人物が病気や傷害に遭ったときに、その治療薬が宣伝されたりすると、思わず笑ってしまう。おぬしやるな、と画面に語りかける。
昔のCMでウイットに富んだ名作がいくつかあり、今もよく思い出す。海辺で美少年が家族と戯れている。それをこっちのほうから凝視している男がいる。真っ白なスーツに真っ白な帽子と靴。映画好きならすぐ思い当たる。ルキノ・ヴィスコンティの名作『ベニスに死す』で主人公の大作曲家を演じたダーク・ボガードの服装だ。大作曲家は浜辺で遊ぶビョルン・アンドレセンにあこがれている。こっちからしきりに秋波を送るのだが、なかなか伝わらない。
当のCMはそのシーンをまねたものなのだが、大作曲家を演ずるのが渥美清。そしてつぶやくせりふが「コミュニケーションて難しいなァ」。これには抱腹絶倒した。私の評価ではこれが今までの最高傑作。が、『ベニスに死す』を見ていない人には何のことかわからない。ことに、「コミュニケーションて難しいなァ」の意味がわからない。そういう難があった。が、私には忘れられない。
ブルドッグが正装して、音響製品を前にしている人間に呼びかけるCMも忘れられない。ブルドッグのせりふ「諸君、いい音聴いてるかい?」。これにも、やられた!の感を強くした。犬が人間に高圧的な呼びかけをする倒錯状況の設定と、“いい音”という製品への自信に満ちたPR姿勢に圧倒されるからだ。
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