チェルノブイリ原子力発電所の原子炉の防護壁である「石棺」が耐用年限を迎え、2016年11月末にはドームで覆われて見られなくなる。そのことを知ったらいても立ってもいられなくなり、6月にウクライナへ向かった。
かつては特別に許可された人しかアクセスできなかったチェルノブイリだが、11年以降は公式に観光客を受け入れるようになっている。
日本からウクライナの首都キエフまでの航空運賃は、ターキッシュエアラインズなどで往復約6万円から。キエフからチェルノブイリ行きのツアーは毎日催行されている。英語ガイドなら日帰りで1万円強だ。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で同行者を募ったところ、6人が集まったので専用車をチャーターした。
チェルノブイリ行きの前日には、全員キエフに集合し、ドキュメンタリー映像で予習を済ませる。事故で大気中に拡散した放射性物質は広島型原爆の約400倍。現場では黒鉛を手づかみで処理していたという。事故直後の原発をヘリコプターで撮影したクルーは、後に全員が放射線によって命を落としたと知る。
キエフから100キロメートル余りを走り、チェルノブイリ発電所の象徴である「石棺」がようやく姿を現した。車から降りると、ガイガーカウンターがいきなり鳴りだす。キエフ市内で測定した値の30倍以上に当たる毎時4.19マイクロシーベルトだ。ピーピー警告音を鳴らしながら発電所に向けてカメラを構えるわれわれを、原発労働者たちが物珍しそうに眺めている。ガイガーカウンターが鳴る放射線量は日常なのだ。そんな彼らが昼食を取るのは、発電所から徒歩圏内にある労働者用の食堂。チェルノブイリでは事故後、00年まで発電が継続され、配電施設は現役である。
この記事は有料会員限定です
残り 637文字
