「実は私、松下政経塾を受けようと思ったことがあったのです」。ソフトバンクグループの孫正義社長は以前、嶋聡氏にこう打ち明けたことがある。嶋氏は、松下政経塾2期生として松下幸之助から直接薫陶を受けた人物。国会議員からソフトバンク社長室長に転じた異色の職歴を持つ。
孫社長は米国留学時代、松下政経塾が開塾されると聞いて、日本から入塾のための資料を取り寄せた。「二股ソケットを発明した松下幸之助も自分も同じ人間。幸之助にできて私にできないわけがない。私は発明に懸ける」と一念発起、「音声付き電子翻訳機」を試作したころだ。孫社長はその試作機をシャープに1億円強で売却し、起業の礎とした。
孫社長は結局、松下政経塾への入塾を断念した。その理由について孫社長が嶋氏に語るには「政経塾は全寮制で当時は結婚しているとダメだったから」。当時の孫社長は、結婚したばかりだった。
しかし、実は昔も今も妻帯者でも入塾できる。40年近く前のことで定かではないが、孫社長は米カリフォルニア大学バークレー校で知り合った妻・優美さんを慮ったのかもしれない。一刻も早く起業したくて取りやめた可能性もある。
入塾はしなかったが、博多の雑居ビルで起業した孫社長は激務のかたわら独学で幸之助の経営学を身につけていく。起業当時の孫社長は、売掛金の回収を自ら行っていた。その道すがら、車中でかけていたのが幸之助の談話を収録したカセットテープの『経営百話』だった。孫社長は、日々の稼業に埋没してしまわないように、テープがすり切れるまで車を運転しながら毎日聞いたという。
この記事は有料会員限定です
残り 619文字
