世界史の授業で、おそらく誰もが納得いかなかったのではないだろうか。第一次世界大戦後、ウィルソン大統領の提唱で誕生した国際連盟に、米国が加盟しなかった理由である。
今ならば少し理解が容易になる。ベルサイユ講和会議が開かれたのは1919年。翌年には米大統領選挙が行われる。この年、シカゴでの共和党大会は迷走し、何度も投票を繰り返し、妥協の産物としてオハイオ州選出上院議員、ウォーレン・ハーディングを候補者に選出する。
ハーディングは「平常への回帰」を掲げ、戦争に倦んだ国民の心をとらえる。民主党のウィルソン前政権の理想主義は否定され、その後継者ジェームズ・コックス候補は地滑り的大差で敗れ去った。
米国は20年代に繁栄を謳歌する一方、閣僚の相次ぐ汚職事件で政治は混迷、ハーディング自身も在任中に謎の死を遂げており、今もCランクの大統領という評価だ。
そのハーディング大統領が目指したのは、国際連盟ではなく軍縮による平和だ。翌21年、ワシントン軍縮会議で戦勝5カ国の海軍力制限が決まる。このときの削減比率が原因で、日米関係は徐々に悪化に向かうのだが、米国政治の変貌ぶりにさぞ日本は理解に苦しんだことだろう。
何より肝に銘じるべきは、米国は大統領選挙次第で激変するということ。特に戦争が終わった後は要注意である。
日中もし戦わば
今年の選挙はこの20年選挙に近いものになるかもしれない。トランプ大統領が誕生するとは考えたくないが、次期政権は大胆に過去を否定してきそうだ。同盟国としては、「内向き化する米国」への準備を急がねばなるまい。
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