アッという間に新年も1カ月経った。イヤな感じは募るばかりだ。北朝鮮の水爆(?)や株価大波乱があった。が、個人的には、のどに引っ掛かったまま、いよいよ苦みを増しているカタマリがある。昨年末の産経新聞・前ソウル支局長を被告とした裁判の判決である。
記事が朴大統領の名誉棄損に当たるか、はたまた、裁判自体が言論弾圧なのか、という論点はひとまずおく。問題は、韓国外務省がソウル中央地裁に「日本が善処を求めていることに配慮するよう」要請し、裁判長は判決文に要請があったことを明示した点だ。白昼堂々、司法に対する行政の強権介入である。
団塊世代の筆者は「三権分立」が民主主義の基本原則の一つ、と教えられてきた。建前と本音の乖離は百も承知。にしても、これは異様極まる光景だ。裁判長も裁判長である。「もはや韓国に民主主義は存在しない」との告発なのだろうか。それとも、「本当の判決は別にある」という裁判長の自己弁護なのか。
ひとごとではない。昨年4月、福井地裁は関西電力高浜原発の再稼働を差し止める仮処分を決定した。原子力規制委員会が定めた新基準を「緩すぎる」と断罪する厳しい判断だった。が、その8カ月後、同じ福井地裁の別の裁判長が新基準の合理性を認め、差し止め決定を取り消した。
裁判官個人の知的能力に決定的な開きはなかろうに、国民としてはキツネにつままれた思いを抱かざるをえない。
「必ず報復する」事務総局
1992年、最高裁は原発設置について「各専門分野の学識経験者の意見を聞き、これを尊重」せねばならず、「看過しがたい過誤、欠落」がないかぎり、合法という判断を示している。差し止め決定を取り消した裁判長は、専門家尊重という最高裁の判断を素直に踏襲したのだろう。
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