日本プロゴルフ殿堂という団体(一般財団法人)がある。日本のプロゴルフ史に残る貢献者を顕彰し、さらに過去の記録や歴史を掘り起こして積み重ねていくことが目的である。
今年は第4回の顕彰者として、レジェンドの部門では橘田規、杉本英世、プレーヤー部門では大迫たつ子が選ばれた。
1959年に、当時25歳の橘田規は米国長期滞在のゴルフ留学選手の一人として選ばれ(もう一人は、勝俣敏男)、当時の名手ジャック・バーグに預けられた。19歳でプロ入りし、5年後には関西オープンを制覇。廣野ゴルフ倶楽部で技を磨いていた有望な若手選手だった。
「日本と米国の交流。一流プロからの技術習得。トレーニング」の目的で、最初は、ゴルフ場のショップで働き、言葉やシステムを覚える。そして午後には練習。「プロショップのこと、レッスンの仕方、勝負はパッティングで決まることなど学ぶことは多かった」と帰国後二人は言っているが、言葉の違いなどで苦労し、6カ月で帰ってきた。ジャック・バーグは「日本のプロは米国より30年遅れた生活をしている」と言っている。しかし橘田はバーグから学んだ水平打法(現在のレベルターンに似ている)をマスターし、その後読売プロで優勝するなど活躍している。
また杉本英世は、戦後のプロゴルフ界にビッグ・スギ時代を確立し、パワーゴルフの元祖となった。静岡県伊東市出身で、高校時代は並外れた体格であらゆるスポーツを手掛けた。柔道は始めて8カ月で黒帯。重量挙げ、草野球も。野球は当時近鉄の監督だった別当薫からプロ野球に誘われたほどだった。64年の日本オープンで優勝したときは中村寅吉に「もう俺の時代は終わった。スギのゴルフを見ているとつくづくそう思う」と言わしめたほどだ。この年来日したアーノルド・パーマーも「国際試合に通用する選手だ」と評した。
この記事は有料会員限定です
残り 395文字
