オニツカタイガーを復活させた立役者、尾山基社長を直撃した。
──今期も業績は好調です。
欧米が伸びているのはやはり大きい。それに、中国を中心に、台湾、香港、シンガポール、インド、南アフリカといった新興国の売り上げが貢献するようになった。
──特に中国は急成長です。
欧米の人気商品を展開している。ただ、一つの流れが止まるとすぐ赤字になる怖さがある。将来的には現地生産・現地販売も検討している。3年ほど前に起用した香港人トップに加えてもう一人、香港生まれの人間を送り込み、管理系、販売系と役割を分け共同経営させる。中国は利益が十分に出ているので、今後は、宣伝が全土に行き渡るよう、マーケティング投資も増やしていきたい。
──現在のアシックスの基盤となったのは欧州事業の再建です。2001年に社長に就任した当時、欧州法人はたいへんな財政状況でした。
累積赤字を03年には全部なくした。代理店の未払いで引き当てをさせられた金額がたまっていた。最初の2年ぐらいは取り立てにいく日々だった。あとは人。ファーストクラスで出張に行くやつがいるとか、各国が勝手にやっていた。ヘッドクオーターにきちんとした報告をするというガバナンスを作った。
オニツカ復活を最初に考えたのは僕
──02年にはオニツカタイガーブランドを復活させました。
復活を最初に考えたのはたぶん僕。この話には3段階ある。まず米国から帰った1991年春ごろの話。米ナイキのコルテッツという靴のオリジナルは、オニツカタイガー。革靴でも素材や模様を変えて日本で発売したら面白いと思い提案したら、僕のいる革靴部門はこのストライプマークが入ったシューズは扱うな、と首脳陣から言われてボツになった。次が98年か99年で、東京のある靴関係の人に「オニツカを復活させたら」と言われた。だが、当時も革靴がスニーカーをやったらダメだという暗黙のルールがあり、アスレチック事業部に話を通したが、このときも実現しなかった。
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