今から16年前の1999年。今日のような事態をいったい誰が想像しただろうか。
2兆円の負債を抱え、存亡の淵に立っていた日産自動車は、進退窮まってフランスのルノーに出資を仰いだ。カルロス・ゴーンが日産のCOO(最高執行責任者、当時)として乗り込み、村山工場の閉鎖など大胆な荒療治に踏み切った。
しかし、その後の両社の道行きは対照的だ。V字回復を遂げた日産は売上高や台数を伸ばした一方、ルノーは成長の壁をなかなか突破できないでいる。かつての救世主・ルノーは、日産にとって今や「重荷」に転じつつあるように見える。
世界の自動車勢力図を見渡すと、日産・ルノー連合はいかにもユニークだ。フィアットがクライスラーを完全子会社化したように、資本提携には勝者と敗者が存在する。
しかし、日産とルノーの関係は、形式的にはルノーが日産の親会社ながら、出資比率は5割に満たない。オペレーション上はほぼ対等に、つかず離れずの関係を十数年継続している。だが、そのアライアンスは、ゴーンを頂点とした、微妙なバランスの上に成り立っている。
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