「シャルリー・エブド」はなぜ、武装した男たちに襲撃されたのか。それはフランスが恐ろしく世俗的な国であることと関係している。現代の欧州諸国、特にEU加盟国はおおむね世俗的といえるが、フランスは中でも最も厳しく世俗主義を適用している国だ。
世俗主義とは日本でいう政教分離に加え、個人であっても公の空間に宗教を持ち込んではならないことをいう。この考え方は「ライシテ」と呼ばれている。
フランスでは、イスラム教徒の女性はスカーフやベールを着用して公立学校に通うことが禁じられている。4年前には、女性が顔や全身を覆うブルカを公共の場で着用することを全面的に禁じる「ブルカ禁止法」が施行された。ブルカは厳密にいえばアフガニスタンの衣装なのでこの法律名称は少し変だが、それだけフランスは世俗主義が徹底している。同時に主として移民の宗教であるイスラムに敵対的である。
一方でイスラムには、公的空間と私的空間を分ける考えがない。イスラム教徒にとって、預言者ムハンマドが存在したからこそ自分がいるのであり、あえて言い換えれば自分の母親のような存在。そうした存在に対して風刺と称して執拗に挑発したり、侮辱し続けたりしたことが、今回の事件の底流にある。
襲撃犯を擁護しているわけではない。フランスは過去、カトリック教会の枢要機関である教皇庁と長く闘争し、抑圧をはねのけてきた。ある意味、教会あるいはキリスト教から離れることによって、個人として自由を獲得したといってもいい。だからこそ涜神(とく しん)の権利も保障される。しかしだからといって、同じことをイスラム教徒に要求することはできない。彼らは、ムハンマドの風刺画など見たくもないし、描かれたことを聞きたくもない。「見ないと議論できない」という発言は暴力だ。
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