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ビジネスマンにとって気をつけなくてはいけないものの筆頭はスーツだろう。よれよれのスーツ、シワのよったワイシャツで人に会うことは「わたしはだらしない人間です」と主張しているに等しい。出世を目指すビジネスマンにとって、スーツの乱れを防ぐことは重要なポイントだろう。そこで第3回は作家・野地秩嘉が「スーツのお手入れテクニック」について語る。
身の回りをきちんとするのが紳士
マーティン・ルーサー・キング師は1960年代、アメリカで黒人の地位を向上させる公民権運動の指導者だった。名演説家として知られ、キング牧師が登壇すると、何万という人々がじっと彼の声に耳を傾けたという。差別にさらされていたアメリカ南部の黒人たちのために生涯、力を尽くしたが、最後は凶弾に倒れた。そんなキング師はある時、次のような演説をした。
「もし道路掃除の仕事を与えられたら、ミケランジェロが絵を描くように、ベートーベンが曲を作るように、シェイクスピアが詩を書くように道路を掃除すべきだ。天国の主と地上の雇い主を『素晴らしい道路掃除人がいるな』と感心させるぐらいにしっかりとやるべきだ」
どんな仕事でも、手を抜かずにしっかりやるべきだという意味の言葉であるが、同時に、道路や身の回りをきれいに保つことはとても大切なことと訴えている。
ビジネスマンにとっても、仕事をしている環境を整備したり、日ごろ、身に着けている洋服がちゃんとしているように気を配ることは重要だ。
もうひとつ、こんなエピソードがある。ニューヨークにあるキタノホテルのフロントマン、そして部屋の掃除をしていたアフリカ系アメリカ人のおばさんから聞いた話だ。
「あなたの国のあの経営者はほんとうに素晴らしい。チェックアウトした後、部屋に入ると、とてもきれいなんです。タオルが畳んであるし、ベッドのシーツも寝る前のように直してある。そして、洗面所のシンクの水滴を拭き取った跡がある」
その人は日本を代表する自動車会社のトップだ。一流の人間は身の回りをきれいにすることが習慣になっている。わたしはホテルの人間からその経営者への賛辞を聞いてから、自分でもなるべくきれいに部屋を使うようになった。それまでは身体をふいたタオルを洗面所に適当に掛けておいたが、いまはきちんと畳んでから部屋を出ることにしている。
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スーツ選びのノウハウはこれだ
ビジネスマンにとって気をつけなくてはいけないものの筆頭はスーツだろう。よれよれのスーツ、シワのよったワイシャツで人に会うことは「わたしはだらしない人間です」と主張しているに等しい。だから、身の丈に合った清潔なスーツを着て仕事に臨まなければならない。
まずはサイズの合ったスーツを選ぶことだ。そして値段は高くもなく、安くもないものがいい。安売りのスーツは避ける。自分自身が「安物だ」と意識して身にまとうと、スーツをぞんざいに扱うようになる。着ていた上着を放っておいたり、ソファの上に投げておく人はそれだけで自分のイメージを損なってしまう。
さて、余計なお世話だけれど、ここから先はスマホをデパートの紳士服売り場もしくはスーツ専門店に持って行って読んだ方がいい。目の前に並んでいるスーツを見ながら読んだ方が理解が早い。
スーツを選ぶときは「肩で着る」のが基本だ。吊ってある既製品のなかから上着を手に取り、羽織ってみる。そのとき上着の重みが肩にきちんと乗っているか。自分の肩幅とスーツの肩幅が合っているかをチェックする。肩が余ったスーツを選ぶと上着に不自然なシワがよってしまうからだ。
男性ライフスタイル誌GQJapan副編集長でファッション・ライフスタイル担当の橋田光靖氏に聞くと、次のようなアドバイスをもらった。
「ジャケットのポイントは第7頸椎(頭を前に倒したときに出っぱる骨が第7頸椎)。いわば胴体の始まりに当たる部分で、ここが基準となります。フィッティングの際は第7頸椎とジャケットがきちんとくっついているかを必ずチェックしましょう。そうすれば、腕を上げ下げしても第7頸椎とジャケットが離れません」
次に気をつけるのは胸の部分のフィッティング。上着のボタンを閉めたときに、フロントにバツ印のようなシワが入らないものにする。橋田氏の言い分はこうだ。
「バツ印が付くのはボタンに引っ張られている証拠で、上着のサイズが小さいと言えるでしょう。ボタン部分と胸の間にコブシ一つがぎりぎり入るくらいの余裕を持ったスーツにするのがポイントになります」
肩、胸のフィッティングの後は背中だ。首の後ろ部分に横ジワが入らないかどうか、肩甲骨の間に縦ジワが入らないかどうか鏡を見ながら自分でフィッティングする。もしくは店の従業員を呼んで、後ろからチェックしてもらう。そして次のこともチェックしてみることが必要だ。
「袖丈は、腕を自然に下ろした状態で、シャツの袖が親指の付け根あたりにくるのがちょうどいい。そして、スーツの袖口から見えるシャツの長さは1~1.5センチくらいがベストです。襟も同じくらい見えるとバランスがいいと言えるでしょうね」(橋田氏)
大切なことだが、スーツを買うときは、自分のシャツと靴を持参する。何もショッピングバッグにシャツと靴を入れて持っていけというのではない。スーツを買いに行く時は必ず自分のスーツを着ていくことだ。短パンにサンダルでスーツを買いに行ってはいけない。
店の従業員にとっては、客が現在、着ているスーツを見るのがもっとも参考になる。最後に、試着室では椅子を持ってきてもらって座ってみる。また、腕を上げるなど日常的な動きをして、肩、お尻、太もも周りのチェック。バックスタイルも鏡で確認する。
「そんなことまでして面倒くさい」と思う人もいるかもしれないが、体にフィットしたスーツを買うのはつまらない仕事ではない。ビジネスマンの心意気を見せるための儀式だと思うことだ。
↓↓前編から続く↓↓
シワとりスプレーを使おう
1日着たスーツは、汗やほこりを吸収して、シワもよっている。そのまま放っておいたら確実に型崩れする。何よりもスーツを休ませて、できるだけ元の状態に戻さなくてはならない。
「帰宅してスーツを脱いだら、陰干しして、水分を飛ばしましょう。その後、ブラッシングすることが重要。そして、手入れのポイントはハンガーの形です。肩のラインに合う肉厚なものを選ぶこと。肩の部分が前方にゆるやかにカーブを描いているものがいいでしょう。針金ハンガーはシワが寄る原因。使ってはいけません」(橋田氏)
もっとも、相応の値段のスーツを買ったら、上質なハンガーが付いてくる。それを大事に持っていて使えばいい。そして、パンツは、クリップ着きのハンガーで逆さに吊るして保管する。
上着にできたシワは、アイロンのスチームをかけて、生地を均一に伸ばす。アイロンがない人、面倒な人はハンガーにかけた状態で、シワとり効果のあるスプレーをするのがオススメ。ポイントは、シワに向けてたっぷりスプレーした後に手で生地を伸ばすことだ。消臭効果があるものであれば汗のにおい対策もバッチリだ。しかも、香りがついているタイプのものであれば、スーツからさりげなくいい香りをさせることだって出来る。
スーツの手入れは手間がかかる。しかし、いみじくもマーティン・ルーサー・キング師が言ったように、日常の雑用にこそ魂を込めることだ。
「ミケランジェロが絵を描くように、ベートーベンが曲を作るように、シェイクスピアが詩を書くように」スーツの手入れをする。そうすれば、たびたびクリーニングに出さなくても、きちんとした格好で仕事に行くことができる。
野地秩嘉
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書に『キャンティ物語』『ビートルズを呼んだ男』『サービスの達人たち』『企画書は1行』『プロフェッショナルサービスマン』ほか、近著に『イベリコ豚を買いに』がある。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
田中圭一
漫画家 京都精華大学特任准教授
1962年大阪府生まれ。大学在学中に小池一夫劇画村塾神戸教室に第一期生として入学。84年『ミスターカワード』(『コミック劇画村塾』掲載)で漫画家デビュー。86年『ドクター秩父山』(『コミック劇画村塾』連載)が評価される。漫画作成ソフト『コミPo!』をプロデュースするなど漫画の可能性を拡げる活動を続ける。著書多数。2014年より現職。