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日本の男性はまだまだ仕事中心。働き過ぎやそれによる過労死の問題が騒がれても、一向に変化の兆しは見えません。

こうした状況に真っ向から異を唱えるのが、「男性学」という聞き慣れない学問を研究する武蔵大学の田中俊之助教。男性が仕事中心の生活を変えることは、男性の利益になるとともに少子化問題の解決にも不可欠と論じています。

田中先生の主張に、2度の育休を取ったイクメン社長であるサイボウズの青野社長が共感し、対談が実現。男性の働き方について活発な意見を交わします。


田中俊之
(たなか・としゆき)
武蔵大学社会学部助教。社会学博士。専門は男性学、キャリア教育論。著書に『男性学の新展開』などがある。男性学とは男性が男性だから抱えてしまう問題を扱う学問

男として生きていくことのしんどさ

青野:サイボウズは、職場の情報共有を支えるグループウェアを提供する会社です。自分自身は、仕事人間でしたが、多様な働き方への変革や子育てに取り組む中で、世の男性はこのままでいいのか?と思うことが多々あり、先生にお話を伺いに来ました。まずは先生が研究していらっしゃる「男性学」とはどういう学問なのか、改めて訊かせていただけますか?

田中:「男性学」とは、簡単に言うと、“男性が男性だから抱えてしまう問題”を扱う学問です。例えば、「働き過ぎ」はその典型ですね。過労死や過労自殺などが大きな社会問題になっています。もちろん「女性学」もあり、そちらは“女性が女性だから抱えてしまう問題”を扱います。

女性は、出産を機に、「仕事をどうしよう?」「働き方をどうしよう?」と考えますが、男性でそういった視点をもつ人は少ないですよね?日本では70年代に、男女の不平等にたいする意義申し立ての運動としてウーマン・リブがあり、Women’s studiesが女性学という訳語で紹介され、大学でも女性学の講座が開設されています。女性学の影響を受けて、90年代に男性学は生まれました。

青野:男性学ってあまり知られていないですよね?女性が異議申立てをしているシーンは、メディアなどでも比較的よく目にする気がしますが、男性が異議を申し立てているのは見たことがありませんし。

田中:講演に行って会場の方々に「男性学ってご存知ですか?」と尋ねると、みんなうつむきますからね(笑)。実は’90年代に、ウーマン・リブの男性版で「メンズ・リブ」というのがあったんですよ。新聞にも「男が弱音を吐いてもいいじゃないか」「男の生きづらさを男性が連帯してアピール」などといった記事が載っていたりして。ただ2000年代になって景気の悪化が進むと、「仕事があるだけいいでしょう」みたいな社会的な説得も強くなり、今ではメンズリブは壊滅状態です。

青野:「そんなこと言っている場合じゃない」となったんですね。

田中:ただ一方で、今の男性は、ひと昔前のような“一度会社に入ったらクビになることもなく、給料もどんどん上がっていく”といった状況には置かれてないですよね。男性1人の稼ぎで家計を成り立たせていくのはかなり難しくなっている。そうした中で、以前からあったけれども隠された矛盾が大きくなっていて、“男性として生きていく”ことにしんどさを感じている人はますます増えているのではないかと感じます。


青野慶久
(あおの・よしひさ)
サイボウズ社長。大阪大学工学部卒業後、松下電工株式会社入社、BA・セキュリティシステム事業部営業企画部に在籍。1997年サイボウズ株式会社を愛媛県松山市に設立、取締役副社長に就任。マーケティング担当としてWebグループウエア市場を切り開く。2005年4月に代表取締役社長に就任。 著書に「ちょいデキ!」。

昭和的な男のかっこよさに惹かれる!?

青野:男性問題について、先生が最も「異議申立て」をしなくてはいけないと考えているのはどんな点ですか?

田中:そもそも男性の場合、“学校を卒業した後、すぐに就職して、定年まで正社員としてずっと働き続ける”のが当たり前と考えられていますよね。そこに最大の疑問を感じています。なぜそうじゃなきゃいけないんだろうと。

ただ、この問題はいろいろな意味で難しい。例えば今、お父さんがいきなり会社を辞めますとなったら、現実的には、多くの家庭で生活が成り立たなくなりますよね。社会全体が“一家の大黒柱はお父さん”というルールで動いているので、そこを変えるとなると社会を根本から見直さなくてはならなくなる。それは大変なことですから。

青野:「ワークライフバランス」についても、否定的な考えを持っている男性って実は結構いますよね。先日、とある大手の営業会社の優秀な社員が、飲みの席で「ワークライフバランスなんていう人は、仕事が面白くないんだと思う」と言っていました。“俺はワークライフバランスなんて考えずに仕事に打ち込んできた、そんなことを言う奴は甘い”、みたいに思っていることが感じ取れて、この問題は根深いものがあるなと。

田中:“競争して勝つ”のは、特に男性にとって非常に心地良いことですからね。僕は“熱心に働く”ことを否定するわけではないのです。仕事ってやっていて面白いし、ハマっちゃう面もあるじゃないですか。一生懸命働いている人がいるから社会が成り立っているわけで、否定的にばかり捉えていてもバランスが悪いですよね。ただ、働き過ぎによって死んでしまったり、健康に害をきたしたりというのは大いに問題なわけで。

青野:実は僕、過労死というのにちょっと憧れがあります。

田中:ははは。それはどういうことですか?

青野:職場で仕事しながら死にたいんですよ。それがすごくかっこいいことのように思えるんです。昔、「太陽にほえろ!」というドラマがあったでしょう?あれ、刑事たちがみんな職場で殉職するんですよね。松田優作が撃たれたお腹を押さえて「なんじゃこりゃ~!」なんて言いながら死んでいく(笑)。そういう昭和的な男のかっこよさに惹かれる部分が、僕の中に半分あるんです。

「太陽にほえろ!」のジーパン刑事殉職シーンを語る青野社長

田中:わかりますよ。僕も男性学なんていう学問をやっていながら、古いタイプの男らしさを引きずっている面もありますから。でも実際問題、青野さんが過労死したら、奥さんや子供さんをはじめ、周りの人は悲しみますよね。会社の社長だから実害も大きいし。

青野:そうですよね。

田中:ワークライフバランスの「ライフ」という言葉は、一般的に捉えられているよりもっと重いものだと思うんです。今は流行り言葉のように使われますが、「生活」だけでなく「命」とか「生涯」という意味もあるんですよね。そういう視点から、より深く考えないといけないですね。

青野:なるほど、おっしゃるとおりですね。


少子化が止まらない理由は、オッサンにある?

田中:先ほどのワークライフバランスを否定する営業会社の方の発言について、僕が気になるのは、青野さんも感じていらっしゃるように、「こうやって家庭も顧みずに頑張ってきた俺は偉い」みたいに、そうでない人を蔑む意識が感じられることなんです。仕事中心というのは個人の生き方ですから一概にダメとは言い切れない。それよりも、自分とは違う他者を蔑んだり、見下したりするのが問題です。

青野:「なぜ俺と同じようにできないんだ」というわけですよね。そういう上から目線が頭にくるんです。その意味で僕はよく「オッサン批判」をするんですよ。少子化が止まらない理由は、上の世代のオッサンたちのある層が仕切っているからだと考えていて。このオッサンたちは、子育てなどしないで仕事に没頭してきたから出世して今の地位がある。だから少子化に対して有効な手も打てないし、打とうとしたら今まで自分がやってきたことを否定することになりかねない。だから変わらないんじゃないかと。

田中:そもそも男性学などのジェンダー論の根本は、「いろんな人がいてもいい」ということなんです。結婚する人がいてもいいし、しない人がいてもいい。同性愛の人がいてもいい。違う価値観の人を認め合えれば、蔑むことはなくなります。けれども自分の好きなフレームワーク以外を否定する人も多いんですよね。

社会学は、「当たり前」を疑う学問であると語る田中先生

青野:僕もある意味、上の世代の人を蔑んでしまっているのかもしれないですけど(笑)。一方で面白いのは、僕らより一世代若い、30歳くらいの経営者と話しても、オッサン批判の言葉は全く出てこないんですよね。「あの世代はあれでよかったんじゃないですか?」なんて言われるんです。

田中:我々の世代(田中先生は75年、青野社長は、71年生まれ)は、デビルマン世代といえるかもしれません。昭和的な男らしさを内面に抱えつつ、平成的な男らしさにシンパシーを感じているところが、デビルマンのようです。昭和的価値観の上の世代からは裏切り者と罵られ、かといって平成的な価値観の下の世代からは仲間とは認識されていない。自分の内側にある両面性に葛藤しつつ、戦う姿はデビルマンと重なります。こういう狭間の世代が世の中を変えていけるのかもしれませんね。


平日昼間問題にみる男ゆえの所在なさ

青野:僕は育児休暇を取ったんですが、その時痛感したのが、田中先生のおっしゃっている「平日昼間問題」なんです。学生には見えない外見の男性が平日の昼間にウロウロしているとそれだけで怪しいと思われるという。

田中:ああ。どんな時に感じたんですか?

青野:子供をぴよぴよ広場という区の施設に連れて行ったんですが、当たり前ですけれども周りは若いお母さんばかり。そこに入っていくのがまず怖いですよね。怪しまれているんじゃないかと(笑)。だから端っこのほうで遊ばせていたら、不憫に思った1人のお母さんが「一緒に遊びましょう」と言ってくれた。でも結局、1回しか行けなかったですね。2回行く勇気はありませんでした。

田中:どうして平日昼間問題が起きるかというと、「男性はフルタイムで働いているもの」というイメージがあるからです。イメージと現実がずれていることは、今の日本ではすごく多い。青野さんのいるIT業界でも、今は平日休みなんて珍しくないですよね?

青野:ごく普通ですよ。

田中:つまり、現実は違うのにイメージだけが残っているわけです。しかもみんなイメージのほうを大事にする。例えば、“男は仕事、女は家庭”というのが現実的にはもう難しくなっていても、それが理想の夫婦というイメージがあると、みんなそれを目指そうとなるんです。また、社会の中での見えないルール、明文化されていないルールというのも強力で。「昼間にパパが公園に入ってはいけません」なんてどこにも書いていないのに、勝手に居心地の悪さを感じてしまう。

2度の育児休暇をとった青野社長。2子目のときは、半年間、毎週水曜日を育児デーとした

青野:平日昼間問題を解決しないとイクメンは大変ですよ。

田中:イクメンだけじゃなくみんなが大変です。女性にとっても男性が育児を手伝ってくれる環境が整わないし。だから僕は、青野さんのような企業の社長が率先して育児休暇を取るのはすごくいいことだと思うんです。その組織の下にいる人も、社長がやっているなら、ということで取りやすくなりますし。


育児は商売的には次の市場を育てること

青野:今、サイボウズで男性が育児休暇を申請しても、誰も何も気にしませんよ。 男性が育児休暇を取ろうとした時に、よく言われるのが「マネジメントが難しくなる」ということ。でも本当は難しくないんです。子供が生まれるなんて半年以上前からわかるわけですから。復帰についても事前にわかりますよね。難しいという人は、単にマネジメント力が不足していて、それを他人のせいにしているだけです。

田中:社長がいなくなると組織が回らなくなるなら、その組織が弱いということですよね。社長が病気で倒れてしまうこともあるんだから。

青野:僕もまさか自分が育児休暇を取るなんて思っていませんでしたが、実際に育児をしてみると本当によかった。明らかに大事だと思いました。育児って、当たり前ですけれども、次の世代を育てること。商売人的に言うと、次の市場を育てるわけですよね。日本はここ何十年もそこをないがしろにしてきたのだから、市場がシュリンクして商売がしにくくなるのも当たり前です。

田中:おっしゃるとおりですね。


より「多様性」が認められる社会にしたい

青野:僕は育児休暇を取ったことで、図らずも“経営者でありながら育児もする”というブランドを持つことになってしまいました。それによって少子高齢化問題の大きさに改めて気づかされ、歯止めをかけるために何かしなくてはならないという使命感を強く持っています。その際に、一番考えなくてはならないのが男性の働き方。自分が命を削って長時間働くことが、実は次の世代の命を削ることにもなっている。その点を多くの男性に気づいてほしいですね。

多様性が認められる社会を築きたいと二人の結論は一致した

田中:僕は正直、どうしてみんなそんなにがむしゃらに働くんだという疑問を抱いていて、会社というものに対してあまりいい印象を持っていないんです。けれども経営者の中にも青野さんのように、働き方をもっと柔軟にしようとか、今までのフレームにとらわれないようにしよう、といった発想を持っている人もいると知って、とても嬉しかったし、勉強にもなりました。

僕が強調したいのは、「蔑まない」ということ。他人を否定して自分をすごいと思わせるのは、それをする本人にとってもよくないし、蔑まれる側にとっても迷惑です。男性学の発想を広めて、男性がそうした価値観から抜け出すきっかけを作って、より多様性が認められる社会にしていければと思っています。

青野:僕の答えも多様化なんです。人も企業も一様でなくていい。僕たちは、働き方をハッピーに変えていけるいいソフトを作ることを目指します。不幸になりたくて働いている人なんていないですから。 本日はありがとうございました!

田中:こちらこそとても楽しかったです!

(撮影:橋本直己)