「おカネの正体」は、意外に知られていない 貨幣を掘り下げると生物史と関係している

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「そもそも貨幣はどのような経緯で生まれたのか」とは、おカネの歴史を語る上では避けては通れない疑問であるが、答えもだいたいお決まりのものが存在する。「人々は物々交換によって経済活動をしていたが、物々交換はお互いがお互いの欲しいものを必ず持っているわけではないなど、常に満足な形で成立するとは限らず何とでも交換できるおカネが発明されました」説だ。

たしかに交換の一手段として物々交換を行ってきた部族は多いし、理屈としてもわかりやすく説得力がある。とはいえそれは「一手段として」であって、純粋でシンプルな形での「物々交換経済」の事例は少ないという調査研究もある(どこにもないと主張する学者もいる。)。

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そこで、本書では「貨幣」以前(少なくとも同時期)に「債務」が存在しており、それこそがおカネの起源であるとする説も紹介される。「債務」の原始的な形はたとえばコミュニティ内で行われる贈与経済──「贈り物をもらってしまったら、何らかのお返しをしないと社会的な制裁(村八分とか)を受け、名誉名声を失う」システムのことだ。これは現代でも存在するが(お歳暮とか、隣人からのお裾分けなど)、つけ払いや部族間によって行われる大規模な贈与経済システムの解説を通して、いかに貨幣の起源となりうるのかと「債務」のさまざまな側面を照らしだしてくれる。

神経経済学について

この他、個人的におもしろかったのが神経経済学という分野。人間はどうやらいつも合理的な行動をとるわけではないということが知れ渡り、そこに焦点をあてた行動経済学分野の研究/発展が著しい。神経経済学とは、そうした貨幣錯覚、あるいはおカネに関する決断をする時に脳でどんな現象が起こっているのかを脳のスキャンによって測定し研究しようとする試みである。

たとえばおカネを獲得できる可能性と失う可能性のいずれかが被験者に提供され、その時の脳の変化をスキャンすると、『側坐核に存在する興奮性の神経伝達物質ドーパミンのレベルが、現金が手に入るチャンスがありそうなときは上昇した。実際、現金が手に入ることを期待するだけで、側坐核の活動は大きく促された。』と出た。これのおもしろいところは「手に入りそう」と期待している時のほうが神経を刺激し、実際に手に入れた時にはそれほどの勢いは存在していない、というところである。このような結果には状況証拠としてわかっていたことも多いが、実際に脳の活動を観測することであらためてみえてくるものも多い。

この分野の研究が進めば、金融に関する意思決定において、人間が合理性から逸脱するとき、どのようなメカニズムによってそれが起こるのかもさらに理解が進むだろう。応用可能性が非常に幅広い分野なだけに、今後の展開が楽しみである。

とまあ、このような事例は本書の広大な内容のうちのごく一部だ。おカネとは何かを解き明かし、ハンムラビ法典からビットコイン、この先何十年も経った時に、おカネはどのような形態をとりえるのかと過去から未来に向かって変化し続けるおカネの形態について考察する。最後にはさまざまな宗教がおカネの使い方にどのような教義を持っているのかを調べあげ、その法則性と原因について注目し我々はおカネをどのように使うべきなのか? とまで問いかけてみせる。

著者自身が『本書は一般的な理論を深く掘り下げるわけではないし、従来と異なるユニークな見解を紹介するわけでもない』と断っているようにユニークさには欠けているものの、その分幅広く、丁寧に整理された形で貨幣のおもしろさを教えてくれる一冊である。読了後に参考文献をみると、ビットコインから行動経済学まで、さまざまな本に手を伸ばしてみたくなるはずだ。

冬木 糸一 HONZ

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1989年生。フィクション、ノンフィクション何でもありのブログ「基本読書」運営中。 根っからのSF好きで雑誌のSFマガジンとSFマガジンcakes版」でreviewを書いています。

 

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