「本気でキツい参勤交代」の知られざる裏側 「1日40キロで1年おき…」殿様も歩いた?

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参勤交代の厳格なルールは広範囲に及びます。

4000人の大行列も

Q4.対象は大名のみですか?

いいえ。大名(=1万石以上)でないにもかかわらず、幕府から「大名に準じた家格」を与えられたごく一部の旗本(=1万石未満)も、参勤交代を行なっていました。

それから、これは厳密には参勤交代ではありませんが、冒頭で紹介した長崎出島のオランダ商館長も、毎年1月中旬から3月にかけて江戸に参府し、将軍に拝謁しています。

Q5.もし、参勤をサボったり遅れると、どうなりますか?

もちろん、それらは厳禁とされ、処罰の対象です。たとえば、元和9(1623)年に、福井藩主の松平忠直(1595~1650)は幕命によって隠居のうえ豊後(大分県)に流されますが、その理由のひとつは「参勤を怠った」ためです。

さらに、寛永13(1636)年には盛岡藩主の南部重直(1606~1664)が予定の到着に10日ほど遅れてしまい、およそ2年江戸で蟄居させられています。

とはいえ、藩主が旅行中に病気になったり、川留めで遅れが出るケースは多々あり、こうした不測の事態では、幕府へすみやかに報告さえすれば、お咎めはありませんでした。

Q6.行列は何人で構成されていたのですか?

大名の石高によって異なります。享保6(1721)年の規定によれば、「20万石以上で約450人程度」で、「10万石で約240人」「5万石で約170人」「1万石で約50人」と決められていました。

とはいえ、「加賀百万石」で知られる前田家では、5代藩主綱紀のときに最大「4000人」の行列となるなど、実際の数はそれよりも膨大に膨れ上がりました。

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