違法にクビにされても法律で救われない現実 「泣き寝入り」撲滅のための制度を導入せよ

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このような「泣き寝入り」を防止するには、「弁護士に相談して、裁判をすればいいではないか」という意見もあります。しかし、わざわざ弁護士に頼んでおカネを払ったうえ、時間をかけて裁判をするのは、依然としてハードルが高いです。弁護士費用も低額化が進み、法テラスによる立て替えがあるとしても、費用がゼロではありませんし、敗訴リスクもあります。また、裁判も労働審判制度によりかなり早くなった(相談から3カ月~4カ月程度で解決することも多い)とはいえ、弁護士との打ち合わせや、裁判所に出向く負担も少なくありません。

もちろん、労働者側の弁護士や裁判所も、できる限り迅速に目の前の労働者を救おうとさまざまな努力をされています。しかし、これで救われるのは、わざわざ「裁判をしよう」という意欲を持っている離職者だけであって、そもそも戦う意思を失っている労働者を保護することができません。

厚生労働省の労働相談における解雇の相談が4万件弱なのに対し、裁判件数は3000件弱と極めて不釣り合いな現状が、まさにこの点を物語っています。わざわざ「会社を訴えよう!」と思う人はかなり少数なのです(決して、労働者側の弁護士がおカネを取りすぎているとか、裁判を迅速にすれば解決するとかそう言う次元の話ではなく、紛争解決制度そのものの問題なのです)。

会社へ戻る「フリ」をする?

理由3:裁判制度にムダが多い

誤解を恐れずに言えば、最も本質的な原因は、「時間もおカネも掛けて弁護士頼んで裁判するのがムダ」ということです。というのも、日本の労働法においては、解雇を金銭で解決する制度がないため、裁判においては「解雇が無効である」と主張して会社と争うことになります。そして、仮に解雇が無効となったのであれば、解雇自体が「無かったこと」になるので、雇用契約がずっと残っていたことになります。そうすると、会社は解雇してから、解雇無効の判決が出るまでの賃金をすべて支払い、しかも、労働者は会社に職場復帰(復職)することになるのです。

実際、解雇裁判においてはかなりのケースが金銭で和解をしています。しかし、今の制度においては、会社への復職を求めないと和解金額が大幅に下がってしまうため、戻る気がなくとも会社へ戻る「フリ」をしなければなりません。実際に、Cさんのように労働審判を申し立てるケースでは、「実はすでに転職先が決まっている」ということも多く見られます。ところが、そのことは隠しておく必要があります。つまり、制度上、仮に転職が決まっていたとしても「会社に復帰する!」という意思を見せなければならず、そのために相当の手間と時間がかかってしまう。これが、最大の問題なのです。

また、手間という意味でも、仮に労働審判で解決せず、通常の訴訟となった場合、地裁・高裁・最高裁まで争うと、解雇された労働者は2年、3年、4年……長い場合、8年程度も裁判生活をすることになります。その間、労働者は貯蓄を切り崩したり、親族の助けを得たり、労働組合の「カンパ」をもらったり、アルバイトで生計をつないだり、場合によっては転職していることを隠しながら、闘い続ける必要があるのです。はたして、これは本当に「労働者を救う」システムといえるのでしょうか。また、そもそも、長年裁判で戦い続けた会社に戻りたいと本気で考えている人はどれほどいるのでしょうか。

そこで、筆者は労働者がより気軽に金銭要求ができるようにするべきだと考えます。むしろ、この方が救われるのです。一見労働者の権利を弱めるように見える解雇の金銭解決により、労働者が救われるか救われるかについては次回、詳しく述べたいと思います。

倉重 公太朗 倉重・近衛・森田法律事務所 代表弁護士

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くらしげ こうたろう / Kotaro Kurashige

慶應義塾大学経済学部卒。第一東京弁護士会労働法制委員会 外国法部会副部会長。日本人材マネジメント協会(JSHRM)執行役員。日本CSR普及協会雇用労働専門委員。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催。著作は20冊を超えるが、代表作は『企業労働法実務入門』(日本リーダーズ協会 編集代表)、『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか(労働調査会 著者代表)。

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