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わずが8年で終了「姫路モノレール」なぜ短命だったのか 地方都市に最先端の乗り物「姫路の田中角栄」が構想の写真一覧

「姫路大博覧会」の会場をバックに走行するモノレール(写真:姫路市)
「姫路大博覧会」の会場をバックに走行するモノレール(写真:姫路市)
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姫路モノレールの車両は、片運転台式の100形2両(101、102)、両運転台式の200形2両(201、202)の計2編成4両が川崎航空機岐阜工場で製造された。「姫路大博覧会」開催中の混雑期には3両連結で運転された(写真:姫路市)
姫路モノレールの車両は、片運転台式の100形2両(101、102)、両運転台式の200形2両(201、202)の計2編成4両が川崎航空機岐阜工場で製造された。「姫路大博覧会」開催中の混雑期には3両連結で運転された(写真:姫路市)
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高度経済成長期の1966年、姫路市に開業し、わずか8年で運行を休止した幻のモノレールがありました。当時の先端交通機関だったモノレールが大都市に先駆けて姫路に開業した経緯、そして短命に終わった理由とは――。短い現役当時の姿や、通常は見られない保存車両のメカやレールなどの貴重な写真は、本文中の【写真を見る】からご覧いただけます。

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