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享年23歳の京大院生が遺した痛切なる「生きた証」 絶望的な状況、是非を問いかけるむき出しの思考

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<どうして俺はこんなもの書いているんだ?
 どうして俺は死ぬ準備なんかしなきゃならないんだ?
 どうして俺はここから出られないんだ?
 どうして俺には普通に生きる権利がないんだ?
 どうして、どうして、どうして・・・・・・!

このとき、僕は自分が死ぬことをまだ全く受け入れられていないのだと気付いた。自分の感情を押し殺しながらここまできて、結局その反動でもっと生きたくなって、もっともっと生きたくなって、それでも死ぬ運命を受け入れなければならないのだと自分に言い聞かせていただけだと気が付いた。死ぬ準備だとか、遺された人間の哀しみがどうとか、そんなもの本当は全部投げ出してしまって、もう自分の家に帰って温かい布団で寝たかった。そして朝起きたら病気はすっかり治っていて、悪い夢でも見ていたのかなぁなんてとぼけて、今日は一日暇だけど何をしようかと思いながらまた二度寝をする、そんな普通の生活に心の底から戻りたかった。頭の中がぐちゃぐちゃになって、あらゆる思い出が走馬灯のように交錯しあって、気が付けば僕は暗闇の病室で涙が枯れるほど泣いていた。そのまま意識が遠のいて、僕はレターセットをベッドサイドテーブルに広げたまま、深い眠りに落ちた。>
(2021年3月18日「グッドバイ」/ヨシナシゴトの捌け口)

山口さんは2020年8月に国家公務員総合職採用試験(大卒・工学区分)に合格している。この投稿に前後して、卒業論文を提出し、京都大学大学院への進学も決めた。自暴自棄になったりした時期もあるが、長期的にみると山口さんは社会で生きることを諦めなかった。その意思の強さの根底には、つねにこの思いがあったように思える。

亡くなる2カ月前に投入した「最後の秘策」

「自分の感情を押し殺しながらここまでき」 た、もうひとつの反動だったのかもしれない。この時期を境に、山口さんは吹っ切れたようにネットでのコミュニケーションを割り切るようになる。

noteを始めたのはその一環だ。当時Twitterのフォロワーは2万人近くに膨らんでおり、ブログの記事も万単位で読まれるようになっていた。すると、「余命宣告を受けてどんな気持ちですか?」など、心ないリプライやコメントが届くようになった。そうした読者に届かないところで発信したい。そこでnoteの有料公開機能に目を付けた。

<そして何より、もう本当にだめになってしまった時に、弱音を吐ける場所を作っておきたかったのです。(上2つのブログは、ありがたいことに何万人もの方々に見ていただいているのですが、その分どうしても弱音を吐きづらいという思いが、ずっとありました。)>
(2021年3月21日「もうひとつの闘病記」/note)

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【「或る闘病記」での思い切った投稿】

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