警察の担当者は当然ながら双方に離婚を勧めた。留置場で人気者になったと反省の色が見られない祐樹さんは「2人は運命の夫婦です」と断固拒否。担当者も「こりゃダメだ」とあきらめたに違いない。一方の奈央さんは「これから話し合います」と言いつつ、祐樹さんと面会して「かわいそう」だと思って被害届を取り下げ、夫は釈放された。書きかけた離婚届も祐樹さんには見せていない。
「今度殴られたら離婚する」決意は守れるのか
「逮捕されたことが勤め先のスポーツジムに知られて、彼は即解雇されました。もらえたのは5万円だけ。それはおかしいでしょと伝えたら、また怒ってしまったので今日は逃げて来ました。今度殴られたら離婚すると決めています。ちゃんと謝らない彼も『殴ることは二度とない』と言っていて、明日は仕事の採用面接に行くそうです。私たちは基本的に仲がいいけれど、家でずっと一緒にいるのは嫌です。ちゃんと働いてほしい。亭主元気で留守がいいと言いますからね」
奈央さんもどこかズレている気がする。両親からも離婚を勧められたが、自家用車を運転して病院への送迎をしてくれる父親も、かつては家庭内暴力を振るっていたという。
「夫婦喧嘩に私たち子どもが巻き込まれる家庭でした。母だけでなく、私たちもよく父に殴られていたんです。だから、母とは『あの人は祐樹さんのことをとやかく言えない』と陰で話しています」
かといって奈央さんは暴力に慣れたわけではない。32歳という祐樹さんの若さに期待して、変化と成長を信じているという。
「私自身もそうでしたが、30代はまだまだひよっ子ですからね。彼なんて中身は小学生ですよ。これからいくらでも働けます」
個人投資家の奈央さんにしてはハイリスク・ローリターンな判断だと思うが、それでも祐樹さんを見捨てなかった理由は他にもある。
「やっぱり顔が好きなんです。こんな相手はこれから見つけられないかな、と思いました」
この一言を聞いたとき、筆者は「奈央さんも祐樹さんと同じぐらいバカなんですね」と口に出してしまった。そして、この夫婦への愛情のようなものが湧いてきた。人間は理性だけでは生きていない。特に男女関係では愚かなほど感情優先だったり、確度の低い打算を働かせたりする。世間を知っているような発言をする44歳の奈央さんもその一人だ。
ただし、祐樹さんの子どもっぽさは笑って見過ごせるレベルではないと思う。肉体は32歳の格闘家なのだから、もし「次」があったら奈央さんは命を落としかねない。おそらく祐樹さんは、母親に駄々をこねる幼児のような気分で奈央さんに甘えているのだろう。「運命の人」などはこの宇宙に存在せず、大人同士の信頼関係は苦労しながら一緒に築いていくべきことをわからない限り、祐樹さんの心の成長はない。
また、暴力は「甘え」で片付けられる問題ではない。奈央さんが諭しても聞く耳を持たないのであれば、祐樹さんが尊敬する格闘家の先輩などに叱ってもらうしかないと思う。専門機関の加害者向けプログラムなどを受けるべきかもしれない。インタビュー取材者としての範疇を超えているが、思わず忠告してしまった。奈央さんと祐樹さんの平穏な生活を祈らずにはいられない。


※ログイン後、コメント入力が可能です。