一方、兄は勉強よりも部活動で力を発揮し、全国大会に進んだ人だった。兄弟の仲はよかったそうで、勉強では弟が教えることがあっても、兄には兄の得意なことがあってお互いをリスペクトしていたそうだ。その兄からも、両親からも、先生からも、Iさんは似た言葉をかけられていた。「お前は若い時の苦労を知らないから、これから苦労するよ」と。
「めっちゃよく言われてたんですよね。なんでもそつなくこなしすぎ、みたいな。確かに、苦労を知らずに来ちゃったなとは思います。勉強すれば普通にできるし、多少うまくいかなくても、努力すれば何とかなっていたので」。何もせずに何でもできたというより、取り組んでもどうにもならない経験を、ほとんどせずに来たのだった。彼にとっては東大受験もそうだったという。
大学受験も、ほとんど必死に勉強した記憶もないままに、東京大学理科一類に現役で受かったという。対して嬉しいとも思わなかったそうだ。そんな中で、Iさんが覚えているのは、母校の先生に合格を報告したときのことだ。こう言われたという。
「お前、受かったのか。まあでもお前みたいなのは、浪人くらいした方が人生のためだったんだと思うんだけどなぁ」。先生の口調は冗談めいていたし、気に病みもしなかった。だが、この言葉は東大合格後も長い時間、心の中に残っていたという。
「冗談にしてもひどいことを言うなと思ったんですけど、確かにそうか、って納得する自分もいたんですよね。ここまでの人生、なんの苦労もしてねえな、って」
東大の同級生「日本の将来を担う我々」に強烈な違和感
東大の1年生としてゼミで勉強をしていたとき、ディスカッションワークをすることになった。その時、ある東大の同級生がこんなことを言った。
「日本の将来を担う我々として、この問題をどう考えるかこれから先もしっかり考えていきたい」と。そういう趣旨の発言をして、周りも「なるほど」というような空気感だった。しかしIさんは、議論の中身よりも、その前提に大きく違和感を持ったという。


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