表現の評価には、歴史認識や受け手の文化的背景が関わる。日本のエンターテインメントをめぐっても、中国市場で政治的・歴史的な論争が起きることは珍しくない。作品そのものへの批判が、配信、商品販売、広告契約など周辺ビジネスへ波及しうる点を、企業は無視できない。
中国では政治的な言論に対する規制が日本より厳しく、政府の立場と世論、企業の判断が複雑に絡み合う。もちろん、中国の消費者の意見が一様というわけではない。政府の姿勢と個々の人々の感情を同一視しないことも重要だ。
筆者は中国を旅行した際、盧溝橋を訪れ、「中国人民抗日戦争記念館」にも立ち寄った。日本の原爆ドームや広島平和記念資料館とは、戦争の記憶を伝える際の焦点や語り口が異なると感じた。具体的には、責任を他国に求めるか、自国に求めるかといった点だ。こうした違いは、同じ作品が国によってまったく異なる文脈で解釈される背景にもなる。
実際に中国を訪れると、日本に親しみを持つ人々にも出会う。ネット上の強い言葉だけを中国全体の声と見なすべきではないし、中国における世論は多分に政府によってコントロールされている側面もありうることは忘れてはならない。
中国と日本の「不買運動」は影響力がまったく違う
また、企業は現地の政治・社会環境を無視して事業を続けられるわけではないことを留意する必要がある。日本でも「不買運動」が起こることはあるが、大抵はSNSに投稿したり拡散したりすることが中心で、それによって企業の業績が大きく悪化する例はほとんどないが、中国では影響力がまったく異なる。
相手の反発に対し「やられたらやり返す」という「半沢直樹」的な発想を持ち込んでも、売り上げやブランドを守ることにはつながらない。国際的に事業を展開する企業には、表現の是非とは別に、従業員や取引先、消費者への影響を見極める責任がある。


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